冷徹なエリート社長はセフレな私を一途に愛して孕ませたい




新宮(しんぐう)部長と愛人関係みたいよ』

『どおりでミスをしても許されるわけよね』

『ズルじゃない』

 もう一月ぐらい前になるだろうか。
 上司の愛人だとか、おかしな噂を流されてしまった。
 最初はどうにか無視して耐えていたけれど、どんどん仕事が立ち行かなくなった。
 出勤するとひそひそ話をされたり、わざと簡単な仕事だけ回されたり、かと思えば、教えてもらったこともない仕事を突然回されたりと、にっちもさっちもいかなくなった。
 上司が間に入ろうとしてくれたけれど、疑惑をどんどん強くする一方でしかなかった。
 どんどん追い詰められていって……。
 結果、新卒後から働いていた職場を退職することになった。

(悔しい。だけど、根も葉もない噂だって主張すればするほど、雁字搦め(がんじからめ)になるようで……心が壊れるぐらいなら、逃げ出すのだって悪くないって思いたい)

 退職してしばらく呆然自失のまま過ごしていた。
 とにかく会社があった場所から離れたい。いっそどこかに行ってしまいたい。自分のことを誰も知らない場所に行きたい。
 そんな思いが胸の中で膨れ上がっていく一方だった。

(どこかに逃げ出したい。私のことを誰も知らないどこかへ)

 人恋しいのもあったのだろう。テレビを観て過ごす習慣はほとんどなかったのだけれど、たまたま目的もなくテレビを流していた。その時、ちょうど昼のバラエティ番組で海外旅行について話していたのだ。

『わあ……!』

 テレビの画面には外国人の人々の姿が映っている。

(海外だったら、私のことを知っている人は絶対にいない……!)

 美桜の胸の内にある種の期待が満ちていく。
 ドクンドクン。

(もしかしたら、今までの自分とは違う自分になれるかもしれない)

 美桜は通帳を引っ張り出すと決意を固めた。
 思い切って日本を離れるのだ。
 ずっと塞ぎこんでいたけれど、少しだけ気持ちが上向いた。

 かくして――退職金で海外旅行に向かうことに決めたのだった。

 空港の国際線から飛行機へと飛び立って、狭い機内の中で数時間。ここ数日、緊張で疲れていたせいもあってか、すっかり眠ってしまっていて、気付いたらフランクフルト・マイン空港へと到着していた。

『すごい』

 日本語ではなくドイツ語や英語が耳に飛び込んでくる。
 とはいえ、感動したのも一瞬だった。

(下調べをもっとしてから来るべきだったかも)

 空港の書店には、最新の旅行情報誌だって置いてあったはずなのに。
 勢いに任せすぎたかもしれない。
 空港内をキョロキョロしていたら、案内板が見える。

(ハイデルベルグへ向かうには……あっちの駅に向かわないといけない。ホテルもそこにとっているから、なんとしてでも今日中に!)

 とりあえず空港のスタッフや駅員と思しき人たちにスマホの翻訳画面を見せて、どうにか観光名所のある場所へと辿り着くことに成功したのだ。
 とはいえ、到着した頃には昼過ぎになってしまった。挙句、日本に滞在していた頃の感覚で歩いていたら、すっかり夕暮れ時になってしまったのだ。

「今日はここまでね」

 滞在期間は残り三日だ。
 一日すっかり無駄に消費してしまった感は否めないが、思い付きの旅行なのだから、そんなに切羽詰まらなくて良いのかもしれない。ホテルでのんびり過ごすのだって悪くはない選択肢だろう。

 そうして――現在に至る。