冷徹なエリート社長はセフレな私を一途に愛して孕ませたい



 そうして、しばらく会話がないまま歩いていると、目的地のホテルに辿りついた。
 旧市街に立っており、レンガ造りのレトロな外観でおしゃれな建物だ。

(良かった、これで今日の夜は安心ね。長旅で疲れたし、よく寝て明日の朝、観光名所を回ることにしよう)

 そんなことを思いながら、綺麗なホテルの自動扉の前へと足を踏み入れようとしたのだが……。

「お、ちょっとドジな雰囲気のあんたにしては、女性が泊まっても悪くないホテルを選んでるじゃないか」

 背後にいる美青年が美桜に向かって軽口を叩いてきた。
 思わず、くるりと振り返ってしまう。

「ちょっとドジって、いったいどういう意味ですか!?」

「そのままの意味だよ」

 少しだけムッとして頬を膨らませていると、美青年の大きな手が美桜の頭に乗っかってくる。あげく、猫か何かを愛でるかのように頭をくしゃくしゃにしてきた。

「きゃっ、何するんですか!?」

 すると。美青年がカラカラと笑った。どうやら揶揄(からか)われたらしい。

「夜は治安が悪いんだ。お子様は早く寝ろよ」

「お子様ではありません」

 ついついムキになって反発していたら、美青年がますますカラカラと笑った。

「そういうところだよ。最近では珍しい類の面白い女だな」

「むむむ」

 とはいえ、自分の態度も少々子どもっぽかったかもしれない。

(海外にいるせいもあってか、なんだか普段よりも、気持ちが顔に出ちゃう)

 なんだかいつもの自分とは違う自分になった気がして、青年とのやり取りは不思議と嫌な感じはしなかった。

「とにかく、さっさと部屋に戻れ。ここらは学生街だから治安は良い方だが、今の通り、夜の広場は不良たちのたまり場みたいになってるんだよ」

「あ……」

 彼の言った通り、裏路地には悪そうな顔の人たちがたくさんたむろしていた。

(もしかして、この人、このことを分かっていて、わざと私の後ろをついてきてくれていたの……?)

 美桜の中にそんな想像が浮かんでくる。

「夜は外に出るなよ。鍵はちゃんとかけて寝ろ。わざわざ海外に来て犯罪に遭ったんじゃあ、親御(おやご)さんも悲しむぞ。それじゃあな」

 美青年は(てのひら)をヒラヒラさせると、その場を去って行った。

「あ、あの……!」

 美桜は追いかけようと振り返る。
 しかしながら、長身で歩幅が広いこともあってか、美青年は雑踏(ざっとう)の中にすぐに消えてしまった。

「あの人……名前ぐらい、聞いておけば良かったかな」

 しばらく雑踏を黙って眺める。
 もしかして引き返してこないだろうかと思ったが、そんなことはあり得なかった。

(まさかしばらく美青年につきまとわれつつ、ホテルまで送ってもらうことになるなんて……)

 美桜は自分の柔らかなほっぺを指で摘まんでみる。痛みがあるので、どうやら現実に起こった出来事のようだ。

(あの人、私が悪い奴らに誘拐されないようにしてくれていたのよね)

 だんだんと状況が理解できてくる。

「御礼をちゃんと言いたかったかも」

 今更ながら後悔が襲ってくる。
 袖振り合うも他生の縁(そでふりあうもたしょうのえん)だ。
 いつもこうやって、大事なことに後から気づいてしまう。
 だけど、もしかしたら、また空港なんかで一緒になるかもしれない。

(もしも再会することがあったら、ちゃんと御礼を伝えたいな)

 美桜はなんだか胸の奥が温かくなるような感覚になった。

(なんだろう。やっぱり、世の中、悪い人ばっかりじゃあないのよね)

 かつての同僚たちの嫌な記憶に呑まれかけていたが、あの美青年と出会えたおかげで、人間は悪い人だけではないのだと思うことが出来た気がする。

「あ、そろそろチェックインの時間だ。急がなきゃ」

 美桜は自動扉をくぐって、ホテルのエントランスへと足を踏み入れた。
 ひとまずホテルのチェックインを済ませることにする。慣れない海外だったが、アプリで予約を取っておいたのだ。残念ながら語学は堪能ではなかったので、スマホを用いながらホテルのチェックインを済ませようとしたのだが……。

「あれ? なんだろう? チェックインできない?」

 準備されていた機械にスマホを読み込ませたらチェックインできる方式のはずなのに、何度試みても出来ないのだ。
 翻訳アプリを活用しながら、大柄な体格のホテルマンに状況を伝える。
 すると、思いがけない返答があって、美桜は目を真ん丸に見開いた。

「え!? そんなっ……!」

 一気に血の気が引いていく。

「どうしよう、間違えて明日の日付で予約していたみたい」

 顔面蒼白(がんめんそうはく)になりつつ、ホテルマンに今日の日付でチェックインできないか問いかける。すると、今日の予約はもういっぱいになっていて、同じホテルに泊まることが出来ないとの返事があった。

「そんな……」

 ホテルマンが気の毒そうにこちらを見てきていたが、現実を受け入れるしかない。