冷徹なエリート社長はセフレな私を一途に愛して孕ませたい


 ドイツ・ハイデルベルク。
 旧市街地マルクト広場にそびえ立つ聖霊(せいれい)教会の鐘の音が響く。
 まだ時計の針は午後五時を指しているが、周囲はすっかり夕焼け空に染まっていた。日本よりも陽が沈む時刻が早いのだ。
 街中はクリスマスマーケットで賑わっており、人々の楽しそうな声が飛び交っている。愛らしいサンタやトナカイのモチーフのマスコットを手にとって楽しそうにはしゃぐ親子連れ、巨大な犬を散歩に連れて歩く老夫婦。
 学生街ということもあって、仲睦まじく腕を組みながら歩む若い恋人たちも多い。
 そんな煌びやかな街の灯りの下を歩む人々たちから、少しだけ離れた場所――ネッカー川にかかるアルテ橋の上。

「日本から離れて、まるで夢の中にいるみたい」

 日本人女性――梅田美桜(うめだみお)が、欄干に肘をつきながら溜息を吐いていた。
 橋を渡った向こうにある山の中腹には、ライトアップされた古城がそびえ立っている。ふと、眼下に広がる暗い川面へと視線を移す。

「全部が夢だったら良かったのにな」

 街の灯りの光がゆらゆらと揺れ動く水面には、今年二十五歳を迎えるというのに幼い顔立ちの自分の姿が映っていた。猫を彷彿とさせる小動物系だけれど、決して猫目ではなく丸っこい瞳の持ち主だ。黒髪のショートカットに華奢で小柄な体格も相まって、気弱な黒猫のような印象がある。
 ぶるり。
 まだ夜も更けていないけれど、ひんやりと肌寒くて、美桜は子猫のように身体を震わせた。

「猫……」

 猫のことは大好きだ。だけど、今は別の単語が脳裏に閃く。

『婚約者のいる男性に手を出すなんて、泥棒猫じゃない』

 同僚女性に掛けられた台詞。
 思い出すだけで呼吸がしづらくなってくる。
 美桜はぎゅっと胸の前で自身の衣服を握りしめた。
 穏やかな川の流れをぼんやり眺めていたら、急に退職した会社での出来事を思い出して、胸がぎゅっと苦しくなってくる。

 ――自殺願望なんてない。

 だけど、いっそ川の中に飛び込んで――そうして、全てを忘れてしまいたかった。