夏と冬が重なれば。【完結】


背中に伝わる咲夏の小さな体温と、浴衣越しに響く静かな泣き声。

 後ろからハグされた衝撃に、怜の頭の血は一気に引き、激しい激情の代わりに、どうしようもないほどの愛おしさと切なさが胸の奥を満たしていった。

「……わりぃ。ちょっと、頭に血がのぼった」

 怜はそっと咲夏の手をほどくと、ばつの悪そうな顔で近くの公園の木製ベンチにどさりと腰を下ろした。

「ううん、そんなことないよ……。私なんかのために本気で怒ってくれて、ありがとう」

 咲夏は涙を袖で拭いながら、不器用な彼の優しさに救われる思いで小さく微笑んだ。

そんな傷つきながらも健気に笑う咲夏を見て、怜はさらに苦い顔をして、自分の額に手を当てる。

「……けど、やっぱり俺は――、納得できねぇわ。だってアイツ、お前のこと……高校1年の時から、ずーーっと好きだったんだぜ?なのに小山内と抱き合うとか、まじで意味分かんねーんだけど」

「え……?」

 ぽつりと零された怜の呟きに、咲夏の思考は完全に停止した。

「ちょっと待って、佐藤くん……それ、どういうこと……っ?」

「………?」

「あ……やべ。…言っちまった」

口を滑らせたことに気づいた怜が、「チッ」と苦笑いを浮かべてそっぽを向く。

咲夏は一瞬にして顔を真っ赤に染め上げ、信じられない特大の真実に震えながら、怜の浴衣の袖を掴んだ。



「本当なの……?それ、本当に本当……?」


「あー!もう、くそ、どーでもいいわ!そうだよ、お前らはとっくの昔に両想いだったんだっつーの!だからアイツは、いつもお前にだけ本気で必死だったんだよ!ずっと回りくどいことしやがって……俺からしたら、まじで信じらんねぇけどな!」

 怜のヤケクソな大暴露に、咲夏の胸の奥のダムが決壊した。

「な、何それぇ……っ!なんでそれを、もっと早く言ってくれないのよバカぁあああ!!」

 またしても大粒の涙を流して泣き出した咲夏に、怜は慌ててベンチから立ち上がり、頭をガシガシと掻き毟る。

「おい、そんな泣くなよ!悪かったって!!だからなぁ、ブレスレットとかこの際どーでもいいだろ!そんな物のためにアイツの側からいちいち離れてんじゃねーよ馬鹿野郎っ!お前は、いつだって四の五の言わずに、冬弥のそばにいればいいんだよ、クソがっ!」

「何それぇーっ!ってか完全に逆ギレじゃん……っ!」
「もう、意味分かんなっ――!!」

 泣きながらわけが分からず突っ込む咲夏。

その瞬間、咲夏が次の言葉を言いかけた所で、怜は不意に手を伸ばすと、咲夏の華奢な腕をぐいっと引っ張った。

 引き寄せられた咲夏の身体が、怜の逞しい胸板のなかに、今度は正面からしっかりと抱きしめられる。

「っ……!」

 あまりに突然の、けれどどこまでも優しい抱擁。

驚いて息を呑む咲夏の耳元で、怜は静かに、けれど熱い声を落とした。

「ごちゃごちゃうるせぇ…」

「だから……自信持てよ。……それでもしアイツがダメだったら、今度こそ俺がお前の分まで冬弥を100発ぶん殴ってやるから。

俺はな……冬弥の隣で、いっつも幸せそうに笑ってるお前が……一番好きなんだよっ!」


 ――"一番好きなんだよっ!" 


それが、怜が自分の胸の奥に一生隠し通すと決めた、最初で最後の本気の恋の告白だった。

 怜は咲夏に恋心を自覚させる隙さえ与えない強さで、すぐにその身体をパッと引き離した。

咲夏はあまりの衝撃に涙がピタリと止まってしまい、「え……いま、っ……なんてっ…」と目をパチクリとさせて固まってしまう。 

そんな咲夏の背中を、怜は「涙止まったなっ、よし、行け!」と言わんばかりに、手のひらでパシッ!!と力強く叩いた。

「早く走んねぇと、冬弥も、花火も、どっちも間に合わねーぞ、ばーか」

 怜はいつもの冷徹なポーカーフェイスを完全に脱ぎ捨て、夕焼けの朝の昇降口で見せたような、最高に格好良くて爽やかな笑みをニカッと弾けさせた。

「――っ、うん!ありがとう、佐藤くん……っ!!」

お守りのブレスレットなんて無くてもいい。
自分を導いてくれるのは、いつだって目の前にいる最高の親友たちの言葉だ。

 咲夏はもう一度満面の笑顔を作ると、涙をきれいに拭い、下駄の音をカラン、コロンと激しく響かせながら、大好きな冬弥の待つ時計台の方向へと、今度こそ迷いなく全力で走り出した。

 走り去っていく咲夏のポニーテールが、夜風に揺れて遠ざかっていく。

 ひとり取り残された祭りのベンチで、怜はポケットに手を突っ込んだまま、静かに夜空を見上げた。

「……まじで、あいつらめでてーわ」

 ぽつりと呟いた怜の耳元は、真夏の夜の熱気のせいか、これまでにないほどに真っ赤に染まっていた。

 親友にすべてを託し、自分の小さな恋心に静かに鍵をかける。

佐藤怜という最高の友達の熱いエールを背中に受けて、咲夏の恋の秒針は、真夏の夜空を焦がす大輪の花火に向かって、もう誰にも止められない速度で美しく、激しく走り出すのだった。