夏と冬が重なれば。【完結】


――カランッ、コロンッ、カランッ!

次から次へと溢れ出てくる涙が視界を遮るなか、咲夏はどこへ向かっているのかも分からず、ただ闇雲に夏の夜の暗闇を走り続けていた。

 下駄の鼻緒が擦れて足先が痛む。

けれど、それ以上に胸の奥の痛みが強すぎて、呼吸をすることさえ苦しかった。

「――おい!安達っ!」

 お祭りの喧騒から外れた、薄暗い街灯の下。
 背後から響いた切迫した声と共に、咲夏のもとへ駆け寄ってきた人影があった。

首にタオルをかけ、息を切らせている――焼きそばの屋台から抜け出してきた、怜の姿だった。

 咲夏はボロボロと涙を流したまま、力なく振り返る。

「佐藤、くん……っ! 私、っ……」

「おい……なんだよその顔、どうした!?一体何があった!?冬弥は?あいつはどこにいる!?」

 完璧な清楚系浴衣をまといながら、まるで世界の終わりのような絶望の顔をして泣きじゃくる咲夏のただならぬ雰囲気に、怜は目を見開いて驚き、激しい焦燥を露わにした。

咲夏はしゃくり上げ、喉を詰まらせながら、途切れ途切れに最悪の現実を口にする。

「ブレスレット、無くしちゃって……っ。必死に探したけど見つからなくて、……っ、冬弥くんのところに、戻ったけど……っ、小山内さんと、冬弥くんが……っ、抱き合ってて、私……っ」

 そこまで一気に吐き出すと、咲夏はふたたび両手で顔を覆って泣き崩れた。

 咲夏の口から飛び出した最悪の文字列を聞いた瞬間、怜の瞳に、これまでに見たこともないほどの凄まじい『怒り』が灯った。

「――っっっ、あのバカ……っ!!!!」

 怜は拳を白くなるほどに強く握りしめ、地を這うような低い声で吐き捨てる。

「冬弥……っ!!まじで、今すぐぶっ飛ばしてくるっっっ!!!!」

 怜は咲夏を傷つけた親友への激しい怒りのままに踵を返し、冬弥のいる時計台の方向へ向かって猛然と走り出そうとしたが、その時。

「やめてっ……!!佐藤くん、お願いだから行かないでっっっ!!!」

 ふたりの喧嘩を恐れた咲夏は、泣きながら大急ぎで怜の後を追いかけた。

けれど、一度激情に火がついた怜の足は止まらない。

 あの日、冬弥と友達になった眩しい日。

あいつは誰よりも真っ直ぐで、だからこそ信頼できた。

それなのに、自分の大切な親友が、自分が裏でニヤニヤしながら応援してやったはずの、こんなにピュアで一生懸命な『好きな女』を泣かせるなんて、絶対に許せるはずがなかった。

「んなの、関係ねぇだろ!?!?好きな女泣かせるような奴は、まじで一発殴らせろっっっ!!!!」

「もういいからっ!!佐藤くんてばっ!!」

 これ以上ふたりの大切な友情を自分のせいで壊したくなかった咲夏は、咄嗟に手を伸ばし、怜の広い背中へと後ろから勢いよく抱きついた。

 ――ガシッ!!!

 咲夏の両腕が、怜の細いけれど逞しい腰回りをがっしりとホールドする。 

涙で濡れた清楚系の浴衣が、怜のTシャツの背中にぴたりと重なり、ふたりの身体がひとつの影となって夜の静寂の中に静止した。

「っ……!」

 不意打ちの、涙のバックハグに思考が停止する怜。

 咲夏の小さな体温と、背中に伝わる激しい泣き声をダイレクトに浴びせられ、怜は弾かれたようにその場に凍りついた。

「もういいの……。冬弥くんは悪くないのっ……!私が、私がいつまでもウジウジしてっ、自分の気持ちをハッキリさせなかったから……だからっ……」

 怜の背中に顔を押し当てたまま、咲夏は声を震わせて必死に、必死に彼を引き留め続けた。