小山内さんからの強引なおねだりに、冬弥の隣に立つ自信をなくしかけていた、その時だった。
ふと自分の左手首に違和感を覚え、咲夏は視線を落とした。
そこに、あるはずのきらきらとした輝きがないことに気づき、咲夏の血の気が一気に引いていく。
「(え……っ、嘘、ブレスレットがない……っ!?)」
お母さんから「素敵な人に導いてくれる」と譲り受けた、あの大切な花のビジューのブレスレット。
それが、いつの間にか手首から滑り落ち、跡形もなく消え去っていたのだ。
「ごめん、冬弥くん!私、ちょっと大切な落とし物しちゃったから探しに行ってくるね!またここに戻ってくるから、小山内さんとお話して待ってて!」
「え!?安達さんっ、待って、危ないから――っ!!」
冬弥が焦ったように大声を上げ、咲夏を引き留めようと力強く手を伸ばす。
けれど、焦って周りが見えない咲夏の身体はそれよりも早く翻り、冬弥が掴もうとした手のひらは、夜の冷たい空をむなしく切るだけだった。
「どうしよう、どうしよう……っ!お母さんからの大切なブレスレットなのに……っ!」
咲夏は人混みの激しさを増す提灯の下、元来た道を必死にかき分けながら地面を血眼になって見つめ続けた。
浴衣の裾が乱れるのも、下駄のせいで足が痛むのも、今の咲夏にはこれっぽっちも入ってこない。
けれど、何千人もの人が行き交うお祭りの雑踏のなか、小さなビジューのブレスレットを見つけ出すことなんて、到底不可能なことだった。
どれだけ探しても、愛おしい輝きは二度と見つからなかった。
「はぁ……っ、はぁ……っ、どうしよう……」
絶望的なため息をつき、咲夏は涙をこらえながら、冬弥が待つと言ってくれたあの時計台の前へとトボトボと戻っていった。
(何やってるんだろう…私、)
お守りを失った喪失感で、胸の奥が張り裂けそうなほどにブルーな気持ちでいっぱいになりながら、ようやく冬弥の姿を発見する。
「冬弥くんっ……!ごめんね、見つからなく――」
その言葉は、喉の奥で完全に固まった。
視線の先、暖かな提灯の光のなか。
藍色の浴衣を纏った冬弥の広い胸の中に、ピンク色の浴衣の小山内さんが、すっぽりと収まるようにして、抱き合っていたのだ。
「えっ……、」
咲夏はその場に縫い付けられたように硬直した。
頭を鈍器で思いきり殴られたような、凄まじい衝撃。
脳内が真っ白になり、周囲のお祭りの賑やかなBGMが一瞬にして完全な無音へと切り替わる。
(嘘、でしょ…。なんで、ふたりが抱き合ってるの? 冬弥くんは、私と一緒に夏祭りに来てたんだよね……?)
目の前に焼き付いたふたりの抱擁の残像が、咲夏の心を粉々に引き裂いていく。
その時、丁度冬弥ががばっと後ろを振り返った。
夜の闇のなかで、人々が行き交う中、咲夏と冬弥の視線だけがバチッと真っ正面からぶつかり合う。
咲夏の今にも泣き出しそうな、驚きで絶望に染まった顔を見た瞬間、冬弥の瞳に凄まじい焦燥の色が映った。
冬弥は必死の形相で直ぐに小山内さんを突き放すと、手すりを飛び越えるような勢いで、咲夏の方へと大急ぎで駆け出してくる。
「安達さんっっっ!!!!」
耳元に届いた、大好きな人の叫び声。
けれど、今の咲夏には、その声すらも自分を嘲笑う冷たい雫にしか聞こえなかった。
「――っ……!!」
激しいショックと、これ以上ないほどの悲しみに耐えかねて、咲夏は溢れ出てきた涙を両手で拭うこともせず、その場から全力で走り去ってしまった。
慣れない下駄のせいで、足が何度ももつれそうになる。
けれど、冬弥のあの後ろ姿から、彼が別の女の子を抱きしめていたあの残酷な現実から、ただ一秒でも早く遠くへ逃げ出したくて、咲夏は真夏の夜の雑踏のなかへ、泣きながら一人きりで消えていくのだった。



