「――あれ〜?観月くんだ!」
冬弥の広い胸の中に抱きとめられ、咲夏が心臓を爆発させそうになっていた、まさにその時だった。
人混みの喧騒をすり抜けるようにして、鼓膜にまとわりつくような、鈴の音に似た可愛らしい声が響いた。
ハッとして咲夏が冬弥の腕の中から顔を上げると、そこには、見る者の目を惹きつけるような鮮やかなピンク色の浴衣に身を包んだ、小山内美波さんの姿があった。
ゆるく編み込まれた髪は片方の肩へと綺麗に流され、お洒落な大ぶりのバレッタで留められている。
その徹底されたあざといまでの可愛らしさを前にして、咲夏は「小山内さん……っ!?」と息を呑み、その場でカチコチに固まってしまった。
放課後の誰もいない教室で、彼女が吐き捨てた「マジ最悪」「学級委員やめたい」という刺々しい裏の顔。
あの居残り作業のあの日以来、咲夏にとって、彼女は最も苦手で、最も関わりたくないタイプの存在だった。
「小山内さんじゃん、こんばんは。お祭り来てたんだね」
冬弥は驚きつつも、咲夏の身体を優しく道へと立たせながら、いつも通りの屈屈のない爽やかなスマイルを向けた。
小山内さんは、未だに微かに距離の近い冬弥と咲夏の様子をじっと見つめ、不思議そうに首を小さく傾げる。
「安達さんと観月くんが、なんでこんなところで一緒にいるのぉ?」
上目遣いで、探るように投げかけられた質問。
冬弥は少しだけ真面目な顔つきになると、「あぁ、それはね。俺が安達さんを誘って――」と、ふたりが『デート』であることをハッキリと小山内さんに告げようとした。
けれど、その冬弥の言葉を遮るようにして、咲夏はパニックのまま大声を張り上げてしまった。
「あ、あはは!違うの小山内さん!ちょっと私、一緒に行ってた友達とはぐれちゃって、たまたまそこで観月くんに会って、一緒になっただけなのっ……!」
「え……?」
隣で、冬弥が裏切られたかのように驚いて目を見開く。
けれど、今の咲夏にはこうして嘘をついて取り繕うことしかできなかった。
もしここで、ただでさえクラスで一番女子に人気の冬弥とデートをしていることがバレてしまったら、クラスの女子グループのなかでどんな邪推をされ、どんな顰蹙を買うか分かったもんじゃない。
何より、完璧な清楚系美少女として周りからチヤホヤされている小山内さんの隣で、冬弥の『特別な女の子』として胸を張る自信が、今の咲夏にはこれっぽっちも勇気を出せなかったのだ。
外見はどれだけ垢抜けても、中身は傷つくことを恐れる臆病な陰キャのまま。
「ふぅん……。はぐれちゃったんだぁ」
小山内さんは咲夏の引きつった笑顔をじっと見つめ、その瞳の奥にほんの一瞬だけ、訝しげで冷ややかな「裏の顔」の光を覗かせた。
けれど、すぐにいつものふわふわとした営業スマイルに戻ると、冬弥の浴衣の袖をちょこんと掴む。
「ねぇ、じゃあさ!ちょっとだけ観月くん、借りていーい?学級委員の、次の行事のことで凄く大事な話があるの!5分、ううん、3分だけでもいいから、ちょっとあっちでふたりで話そ?」
有無を言わせない強引さと、男子なら誰もが断れないような愛らしいおねだり。
人混みがさらに激しさを増していく提灯の下。
咲夏は、冬弥の袖を掴む小山内さんの綺麗な指先を見つめながら、胸がチクチクと痛むのを感じた。



