お祭りの提灯の光が優しく揺れるなか、咲夏は冬弥のすぐ隣に並んで、賑やかな人混みをかき分けるようにして歩いていた。
右肩が冬弥の浴衣の袖と幾度となく軽く触れ合うたびに、咲夏の心臓はトクン、トクンと、心地よいリズムを刻み続けている。
「すごい人だね。安達さん、人混みに酔ったりしてない? 大丈夫?」
「うん、大丈夫!でもやっぱり、地元の大きいお祭りなだけあって本当に多いね。……なんだか、ちょっとお腹空いちゃったなぁ」
咲夏は少し照れくさそうにはにかんで答えた。
実は、生まれて初めての大大好きな人とのデートに緊張しすぎて、今日の昼ご飯が喉を全く通らなかったのだ。
お祭りの熱気に包まれ、彼の優しい笑顔を前にしてようやく緊張がほぐれてきたせいか、今頃になって急にお腹の虫が自己主張を始めていた。
「はは、じゃあ何か食べにいこっか。あ、そうだ……!」
冬弥が楽しそうに先導し、ふたりでさらに賑やかな屋台通りの奥へと進んでいく。
すると、ソースの香ばしい匂いが立ち込める『焼きそば』の赤提灯の下、大きな鉄ヘラを持って忙しそうに店番をしている怜の姿が目に飛び込んできた。
「おーい、怜!」
「……あ?冬弥か、おせぇよ。まじでどんだけ待たせんだよ」
冬弥の声に気づいた怜が、額の汗を腕で拭いながら顔を上げる。
「……っ、」
けれど、冬弥のすぐ隣に佇む咲夏の姿を視界に捉えた瞬間、怜は持っていたヘラを一瞬だけピきりと止め、その涼しげな目を見開いた。
いつも学校で見せる白ギャルとはまるで違う、淡い藤色の清楚な浴衣をまとい、恥ずかしそうにはにかんでいる咲夏。
液晶画面の寝顔を見て「きれい」と呟いていた、あのどこまでも純粋な彼女の姿がそこにあった。
怜は気まずそうにほんの少しだけ耳を赤くすると、フンと鼻で笑って、いつも通りのぶっきらぼうな毒舌を投げかけてくる。
「へぇー。……ま、孫にも衣装だな」
「なにそれ~!佐藤くん、そこは普通『可愛い』って言う所だからねっ」
咲夏がぷっと頬を膨らませて笑うと、怜は「うるせぇ、おめでてーギャルにはこれで十分だ」と言いながらも、パックに山盛りに詰めた特製の焼きそばをふたりに手渡してくれた。
その口元には、冬弥への秘密の共犯者としての、優しい笑みが浮かんでいる。
最高に美味しい焼きそばを堪能したあと、ふたりは射的で大はしゃぎしたり、金魚すくいに真剣になったりと、お祭りの夜を全身で楽しんだ。
気がつけば、夜空の向こうがわずかに静まり返り、お祭りはクライマックスの時間を迎えようとしていた。
「安達さん、もうすぐ花火が上がるんだ。あっちの少し開けた場所に見に行こう!」
「うん!行く!」
冬弥に誘われ、咲夏は弾むような足取りで歩き出す。
けれど、花火の特等席を目指す周りの人たちの流れはどんどん多く、激しくなっていった。
周囲の波に押され、見知らぬ誰かと肩がぶつかったその瞬間、慣れない下駄のせいで咲夏は足元を大きく狂わせてしまう。
「きゃっ……!」
小さな悲鳴と共に、咲夏の身体が前のめりに転びそうになった――その時だった。
「安達さんっ……!」
激しい雑踏の音を突き破るようにして、冬弥の声が響く。
直後、咲夏の視界がぐるりと回り、次の瞬間には、硬い地面の代わりに冬弥の広く、逞しい胸板のなかに、ギュッと力強く抱きとめられていた。
周囲の喧騒が、一瞬にして遠ざかっていく。
咲夏の背中に回された彼の大きな手のひらと、すぐ耳元から伝わってくる、冬弥のはやい鼓動。
「あ……、ご、ごめんね、冬弥くん……っ」
咲夏は驚いて顔を真っ赤に染め上げながら、彼の胸に手を当てて消え入りそうな声で謝った。



