――そして迎えた、夏祭り当日。
自宅の全身鏡の前に立つ安達咲夏の姿は、いつも学校で見せている清純派白ギャルスタイルとは、まるで正反対の輝きを放っていた。
選び抜いた淡い藤色の清楚系浴衣。
髪は少し大人っぽく低めの位置できれいにまとめられ、いつもより少しだけナチュラルに仕上げたメイクが、彼女が本来持っている透明感をこれ以上ないほどに引き立てている。
「う~ん、完璧じゃない……っ?」
鏡の前で満足そうに「にっこり」と微笑む咲夏の後ろから、その姿を見つめていた母親が、優しく目を細めて微笑みかけた。
「あら〜、本当に素敵ねぇ。咲夏も、男の子と浴衣でデートする年頃になったのねぇ?」
「もう、やめてよお母さん!なんか言い方が年寄りくさいよ」
からかわれた咲夏は、パッと顔を赤くして照れ笑いを浮かべた。
するとお母さんは「そうだわ!」と思い出したように棚へ向かい、小さな箱から一本の美しいブレスレットを取り出した。
「これ、お母さんが昔大切にしてたものなんだけど、咲夏にあげる。これを身に付けているとね、本当に素敵な人へと導いてくれるのよ」
そう言って、咲夏の左手首にそっと付けてくれたのは、小ぶりな花のビジューが散りばめられた、きらきらと輝くアンティーク調のブレスレットだった。
「わぁ、可愛い……っ!お母さん、ありがとう!」
お守りのような温かさを左腕に纏い、咲夏は弾むような足取りで家を飛び出した。
駅前の広場に到着すると、そこはすでに一際たくさんの人々や屋台の明かりで、お祭りの熱気が最高潮に達していた。
慣れない浴衣の着付けやヘアセットに思いのほか時間がかかってしまい、約束の待ち合わせ時間を少しだけ過ぎてしまっていた咲夏は、大急ぎで人混みをかき分ける。
(あ、冬弥くんだ……っ!)
待ち合わせの時計台の前。 藍色の涼しげな浴衣をさらりと着こなし、少し心配そうに周囲をキョロキョロと見渡しながら待っている、大好きな人の姿を見つけた。
「冬弥くん……っ!ごめん、待たせちゃってっ!」
咲夏は浴衣の裾を少しだけ気にしながら、小走りで彼の元へと向かった。
声をかけられた冬弥がバッと振り返り、咲夏の姿を真っ正面から視界に捉えた――その瞬間。
「……っ」
冬弥は息を呑んだように大きく目を見開いたまま、時が止まったかのように、その場で完全に言葉を失って固まってしまった。
いつもと全く違う、あまりにも清楚で、息を呑むほどに可愛いらしい咲夏の浴衣姿。
そのいつもと違うギャップに驚いたのか、冬弥はしばらくの間フリーズしていたが、やがて顔を少しだけ赤く染めながら、ふわりと至近距離で目元を和らげた。
「……安達さん。良かった、無事に会えて」
「本当にごめんなさい、遅れちゃって……っ」
咲夏が申し訳なさそうに頭を下げると、冬弥は包み込むような優しい笑みを浮かべ、彼女の顔を愛おしそうに覗き込んできた。
「いいよ全然。……こんなに可愛い安達さんを今日一日、独り占めできるんだから、俺はいくらでも待てるよ」
「――っ、冬弥くん……ちょっと、恥ずかしい、よ……っ」
ポッと、咲夏の顔が一瞬にしてリンゴのように真っ赤に染め上がる。
誰にでも平等に優しいはずの爽やか王子。
なのに、ふたりきりの今夜は、最初から自分のことだけを『特別』として扱ってくれる。
その真剣で優しい眼差しに、咲夏の中身の純情陰キャは早くもノックアウト寸前だった。
「ふふ、冬弥くんも……浴衣、すっごく似合ってるよ。かっこいい」
「あはは、ありがと。安達さんにそう言ってもらえると一番嬉しいわ」
冬弥は嬉しそうに白い歯をこぼし、咲夏の少し隣を歩き出す。
屋台の暖かな提灯の光に照らされて、咲夏の左腕で揺れるお母さんのブレスレットが、まるで行く先を祝福するように『きらり』と美しく虹色に輝いていた。
最高に清楚な浴衣をまとい、大好きな人の隣を歩く特別な真夏の夜。
甘酸っぱいお祭りの匂いと人混みの喧騒のなか、咲夏と冬弥の、一生忘れられない本気のデートが、いま静かに幕を開けようとしていた。



