「――あーもうっ、どっちかなんて選べないからぁああ!!」
左右から伝わってくる、冬弥と怜の熱すぎる気迫と、全校生徒からの割れんばかりの黄色い悲鳴。
羞恥心とパニックで脳内が完全に沸騰した咲夏は、もうどうにでもなれ!とヤケクソ交じりに、グラウンドの中心で思いきり叫んだ。
「もう、ふたりとも一緒に走ってぇええええッッッ!!!!」
「え……っ?」
「は……っ?」
まさかの『ふたり同時指名』という斜め上すぎる解決策に、咲夏の両手をがっしりと掴んでいた冬弥と怜が、同時にきょとんと目を丸くした。
けれど、次の瞬間。
ふたりは顔を見合わせると、どこか諦めたような、最高に愛おしそうな苦笑いを同時に浮かべた。
「あはっ!オッケー、じゃあ3人で走ろっか!」
「チッ、まじで人使いの荒いギャルだな……行くぞお前ら!」
ふたりは咲夏の手を握ったまま、左右から彼女を優しく真ん中に挟み込む。
咲夏を中央にした、まさかの『3人4脚風ダッシュ』がスタートした。
全校生徒からの「嘘でしょー!?」「3人で走ったぁぁあ!」という地鳴りのような大歓声と笑い声に包まれながら、咲夏はふたりの一軍男子に引っ張られるようにして、初夏のグラウンドを全力で駆け抜ける。
「ちょ、ちょっとふたりとも速いぃいいいっ!!」
必死にシューズを回し、3人は固まったまま、勢いよく白いゴールテープへと同時に飛び込んだ。
「はぁ……っ、はぁ……っ、もう、無理、立てない……っ」
全力でグラウンドを1周させられた咲夏は、ゴールラインを越えた瞬間に完全に体力が尽き、土の上にヘトヘトになってへたり込んでしまった。
少しばかり乱れたピンクベージュのポニーテールが、砂埃を浴びて小さく揺れる。
結局、1位の座は5組の俊足男子に奪われてしまったものの、冬弥の2組と怜の3組は、3人同時ゴールの判定により、見事『同点3位』という奇妙な記録を打ち立てることになった。
「――で、ふたりとも一体どんなお題を引いて、私のところに来たわけ……?」
息を整えながら、咲夏はふたりが持っていた白いクシャクシャのメモを覗き込んだ。
そこに書かれていた文字を目にした瞬間、咲夏は今度こそ、別の意味で白目を剥きそうになる。
【 2組・観月冬弥のお題:『体重の軽い人』 】
【 3組・佐藤怜のお題:『馬のしっぽ(ポニーテール)』 】
「ちょ、ちょっと待って……っ。冬弥くんのこれ、完全にこないだ階段で私を抱きとめたときのことじゃん……! それに佐藤くんのこれ、髪型のまんま……っっっ!!」
咲夏が顔を真っ赤にしてワナワナと震えていると、本部テントのすぐ横から、「ギャハハハハ!!!」という盛大な爆弾のような爆笑声が響き渡った。
「ちょっと咲夏っちぃぃいいい!なにそのお題、最高すぎるんだけどぉおおお!!」
「ククッ……『体重の軽い人』に『馬のしっぽ』って……。お前ら、どんだけ咲夏のことばっかり見てんだよ。まじでめでてーな」
お腹を抱えて涙を流しながら爆笑している知華と、チュッパチャプスを転がしながら「完全に包囲されてんじゃん」とニヤニヤが止まらない那智。
咲夏は土の上に座り込んだまま、そんな頼もしすぎる親友ふたりに向かって、これ以上ないほどの悲しい、怨念の籠もった目線を送るしかなかった。
「お疲れ、安達さん。はい、これお礼」 と、そこへ部活のタオルで首を拭いた冬弥が、自販機で買ってきた冷たいピンク色の『桃サイダー』を咲夏の頬にピトッと優しく当てて微笑みかける。
「ほら、お前もこれ飲んで大人しくしろよ、ギャル」
横から怜が、ぶっきらぼうにストローの刺さったパックのいちごミルクを咲夏の頭にぽんと乗せてきた。
「もー、ふたりとも……っ」
全校生徒の前で盛大に恥をかかされたはずなのに。
手渡された冷たいジュースのぬくもりと、自分のために必死に走ってくれたふたりの男の子の優しい視線を前にすると、咲夏の胸の奥には、炭酸が弾けるような愛おしさが、どこまでも甘く熱く広がってしまうのだった。
完璧なギャルへと垢抜けた、安達咲夏の壮大な学園ライフ。
ふたりの王子に囚われた、前途多難で、けれど誰よりもきらきらとした初夏の物語は、このグラウンドの真ん中で、さらに鮮やかな未来へと向かって走り続けるのだった。



