夏と冬が重なれば。【完結】


――拝啓、神様。この私、安達咲夏は一体、前世でどんな大罪をしでかしたというのでしょうか。――

 そんな少女漫画のモノローグから始まりそうな茶番劇に、心からのため息すら吐き出せないほどの衝撃が、咲夏の全身を襲っていた。

 カゴの前から凄まじい風を巻き起こして突進してきた、2組の青いハチマキの冬弥と、3組の赤いハチマキの怜。

ふたりのイケメン男子は、全校生徒の視線が集中する本部テントの前へ同時に滑り込むと、躊躇なく咲夏の両手首をがっしりと掴み取った。

 右手を冬弥に、左手を怜にホールドされ、咲夏は完全に「取り合い状態」の真ん中に挟まれてしまう。


「って、えええええええっ!?!? ちょっと、ふたりともどういうことぉっ!?!?」

 完璧な白ギャルの鎧なんて一瞬で粉砕され、咲夏の金切り声が響き渡る。

 すると、掴んだ右手にきゅっと熱い力を込めながら、冬弥が咲夏の顔を真っ直ぐに見つめ、息を呑むほどに甘いトーンで懇願してきた。


「安達さん!細かいことは気にしないで、俺と一緒に来て!世界中をどれだけ探したって、このメモに書かれた条件に合う女の子は、君しか居ないんだ!」


 これは、恋愛ドラマの台詞に出てくるプロポーズか何かだろうか。

――いいえ、至ってただの体育祭の借り物競走である。

 しかし、冬弥に負けじと左手を握る怜の力も、さらに強く強固なものへと変わった。

怜はいつもの冷徹なポーカーフェイスをどこかへ置き忘れたような必死の形相で、冬弥を激しく睨みつけながら叫ぶ。

「はぁ!?何が世界中だよ、意味分かんねー!おい安達、これは絶対にお前しかいねぇんだよ!冬弥なんかほっといて俺と来い!絶対に間違いねぇからぁっ!」

 こちらも一生を誓うような愛の告白だろうか。

――いいえ、誓って、ただの借り物競走の一幕である。


 けれど、イケメン男子ふたりから同時にプロポーズまがいの台詞を浴びせられ、物理的に取り合われている咲夏にとっては、もはやこれまでの人生での一番の大ピンチだと思われる。


『おっとおぉぉおーーーっ!?!?これは一体どういう状況だぁーっ!?2組の観月くんと3組の佐藤くんが、本部の体育祭委員の女子を真っ正面から取り合っています!! 朝凪高校の歴史に残る、前代未聞の三角関係大事件ですぅぅうううっ!!!果たして彼女はどちらの手を取るのか、実況席も、観客席も大興奮ですぅぅっ!!』


 タイミングが悪いことに、スピーカーからは放送部の男子生徒による大げさな生中継がグラウンド中に響き渡り、火に油を注いでいた。

 全校生徒からの割れんばかりの黄色い悲鳴と、「どっちに行くの!?」「ヤバすぎる!」という興味津々の歓声が、咲夏の背中にこれでもかと突き刺さる。

「ちょっと!なになになに!?お願いだから色々勘弁してくださいぃぃいいいっ!!」

 羞恥心とパニックで頭がどうにかなりそうになりながら、咲夏は顔をリンゴよりも真っ赤に染め上げて悲鳴を上げた。

 ちらりとギャラリーの2組の席を見れば、知華と那智の親友ふたりが、もはや両手を合わせて拝むような、哀れみとニヤニヤが10対0で混ざり合った特大の目線を送ってきている。

(ある意味、冬弥くんのことは大好きなのに佐藤くんを裏切るようなこともできないし、かと言って佐藤くんに付いていったら冬弥くんに大誤解されちゃうし……っ!どっちも選べないよぉおおおおっ!)

 右からも左からも伝わってくる、大好きな男の子と、ぶっきらぼうだけど大切な共犯者の、熱すぎる体温。

 逃げ場のない初夏のグラウンドの中心で、咲夏は羞恥心とあまりのときめきのキャパオーバーにより、今にも泣き出しそうな顔で天を仰ぐことしかできないのだった。