夏と冬が重なれば。【完結】



「位置について――」

 スターターの先生の硬い声がグラウンドに響き、各クラスの俊足たちが一斉にスタートラインへと並び立つ。

 2組の青いハチマキを締めた冬弥と、3組の赤いハチマキを纏った怜。

なんだかんだのモテ男ふたりが隣り合わせで軽く屈伸をする姿に、ギャラリーの女子生徒たちからは割れんばかりの黄色い悲鳴が上がっていた。

 そんな喧騒のなか、冬弥は前を見据えたまま、隣の怜にしか聞こえないほどの低い声で不意に話しかけた。

「……で?あの京都の時の返事、結局怜からまだ聞いてないんだけど?」

「あ?返事もクソもねーよ」

 怜は面倒くさそうに髪をかき上げ、いつも通りのぶっきらぼうな口調で突っぱねる。

あの雨の竹林で咲夏を強引に連れ去って以来、冬弥のなかに燻っていた確かな火種が、いまこの瞬間に弾けようとしていた。

「はっ、嫌だな。分かってんでしょ、怜」

 冬弥はフッと、唇の端に少しだけ好戦的な、けれどどこか楽しそうな笑みを浮かべた。

「怜は、安達さんのこと気になってる。……ずっと近くで見てたから、分かるよ」

「っ、はぁ!?何言ってんだお前、冬弥」

 完璧に見透かされていたことに、怜は驚いて大きく目を見開き、一瞬にして眉間に深いシワを寄せた。

いつもはポーカーフェイスの怜の動録を余所に、冬弥の言葉はさらに熱を帯びていく。

「怜。いい加減、自分の気持ち認めなよ」

「……チッ。じゃあ、万が一認めたところで、俺にどーすりゃいいんだよ」

 怜は降参したように天を仰ぎ、本日一番の苦い、深いため息をついた。

親友の好きな人に不意に惹かれてしまった、自分でも認めたくなかった切ない本音。

それを引きずり出された怜に、冬弥は真っ直ぐ前を見つめたまま、白線を力強く蹴り上げた。

「え?決まってるでしょ?」

 冬弥は一瞬だけ、本部テントにいる咲夏の方へと視線を走らせ、それからニカッと最高に男前な笑顔を怜へと向けた。

「――勝負、だろっ!」

 パァンッ!!!!

 その瞬間、初夏の青空を切り裂くようにして、スタートのピストルが激しく鳴り響いた。

「は!?おい冬弥、言い逃げかよ!お前まじでずりぃぞっ!」

 怜は遅れて怒号を上げながらも、持ち前の瞬発力で激しく地面を蹴り出した。

 風のようにトラックを駆け抜けるふたりの男子。

グラウンドの中央に設置されたカゴへ同時に飛び込み、中に散らばる「お題」が書かれた白い紙を、それぞれ凄まじい勢いでひったくる。

 カサッ、と紙を広げた、その瞬間。
 冬弥と怜のふたりの動きが、一瞬だけピタリと停止した。

 ゴクリと息を呑むような一秒の静寂。

 直後、ふたりは弾かれたように同時に顔を上げ、カゴの前から凄まじい風を巻き起こしながら、目当ての『ある女子』が待つ場所へと、迷いのない足取りで全力で走り出した。

 お題の紙を握りしめ、火花を散らしながら真っ直ぐに突き進んでくる、かっこいいふたりの男の子。

 その視線の先にいるのは、本部テントの前で心臓が破裂しそうなほどにバクバクと胸を脈打たせている、安達咲夏、ただひとりだった。