夏と冬が重なれば。【完結】



雲ひとつない五月の青空の下、ついに朝凪高等学園の体育祭がその幕を開けた。

 グラウンドには万国旗がはためき、全校生徒の熱気と大歓声が五月の爽やかな風に乗って響き渡っている。

「――続いてのプログラムは、クラス対抗100メートルリレーです。各クラスの選手は、速やかにスタートラインへ集まってください」

 本部テントの下、体育祭委員である咲夏は、緊張で少し震える手を抑えながらマイクの前に立ち、資料の原稿通りにアナウンスを進行させていた。

ポニーテールを揺らしながらマイクを握るその視線の先には、2組の運命を背負った走者たちの姿がある。

 レースが始まると、グラウンドのボルテージは最高潮に達した。

 第2走者の知華が弾むような快足でバトンを繋ぎ、第3走者の新がスマートな走りで順位をキープする。

そして、トップと僅かな差でバトンを受け取ったのは――2組のアンカー、強豪バスケ部のエースでもある冬弥だった。

「冬弥くん……がんばれっ……!」

 咲夏がマイクから少し口を逸らし、胸の前でぎゅっと拳を握りしめて祈る。

 冬弥は持ち前の圧倒的な身体能力で、風を切り裂くようにしてトラックを猛然と駆け抜けた。

直線コースに入った瞬間、見事な加速で前の走者を鮮やかに抜き去り、そのまま歓声の渦が巻くゴールテープへとトップで飛び込んでいく。

「嘘っ、やったぁ……!!」

 2組が見事、1位に輝いた瞬間だった。

 ゴール直後、冬弥の周りには瞬く間に大勢の男子生徒や女子生徒たちが集まり、お祭りのような大騒ぎになった。

「さすが観月!!まじで速すぎ!」

「やると思ったぜ、エース!」

「すごーい、冬弥くん!本当にかっこよかった!」

 周囲からの絶賛の嵐に、冬弥は「みんなのおかげだって!」と額の汗を拭いながら嬉しそうにハイタッチを交わしていく。

すると、冬弥は本部テントの中にいる咲夏の姿にふと気がついた。

彼は大勢の人だかりをすり抜けるようにして咲夏の方へと歩み寄り、ニカッとまぶしい太陽のような笑顔を弾けさせる。

「安達さんも、朝からアナウンスお疲れ!はい、ハイタッチ!」

 冬弥が大きな、熱い右手のひらを咲夏へと差し出してきた。

「冬弥くん!本当にお疲れ様!!すっごくかっこよかったよ!」

 咲夏も嬉しさを爆発させ、勢いよくその手のひらに自分の手を合わせた。

 パチン、と乾いた音が響き、合わさった手のひらから彼の走った直後の熱い体温がダイレクトに伝わってくる。

その一瞬の特別扱いに、咲夏の心臓はまたしてもバクバクと変なリズムで暴れ出した。

 その後も体育祭は順調に進み、玉入れでは知華がオタク特有の正確なコントロールで大活躍を見せ、那智はハチマキ争奪戦で元ヤンの本領を遺憾なく発揮して相手を圧倒していく。

2組の絆がどんどん深まっていく中、いよいよ体育祭はフィナーレ、誰もが待ち望んでいた運命のプログラムを迎えた。

『プログラム最終種目、各組の男子のみの選抜による『借り物競走』を始めます』

 そのアナウンスが流れた瞬間、各組から選出された男子たちが、グラウンドのスタートラインへと集まっていく。

その中には、ユニフォーム姿の冬弥の姿もあった。

 彼がスタートラインに立つのを見送った瞬間、咲夏の胸の奥が、きゅっと切ない痛みでズキリと疼いた。

(冬弥くん……一体、誰のところに行くんだろう。もし、私じゃない他の女子生徒の手を引いて走っていっちゃったら……)

 京都の竹林でのあの甘い言葉を思い出しつつも、やっぱり不安が勝ってしまい、咲夏はきゅっと唇を噛み締める。 

けれど、そんな切ない思考に浸っている咲夏の網膜に、もうひとつの信じられない光景が飛び込んできた。

 赤色が映える3組のスタートライン。

そこには、首にタオルをかけ、面倒くさそうに髪をかき上げている怜の姿があったのだ。

「うそ……っ、佐藤くんも走るの!?あんなにめんどくさがりなのに、意外なんだけど!」

「きゃーーーっ!なにこれ、面白くなってきたじゃーーーっん!!」

 咲夏が目を丸くして驚くと、隣にいた知華が「まさかの親友対決!?」と大はしゃぎでピョンピョンと跳ねる。

「フン……。怜のやつ、完全にクラスの連中に無理やりハメられたな。見物じゃん」

 那智もチェリーのチュッパチャプスを転がしながら、ニヤリとクールな笑みを浮かべてグラウンドを見つめていた。

 位置について、よーい――。

 ピストルを持つ先生の手が、青空へと真っ直ぐに掲げられる。

 イケメン男子たちの意地と、学校中の女子たちの視線が交錯するなか。

 大好きな冬弥、そしていつの間にか不思議な信頼関係で結ばれていた怜。

ふたりの男の子が走る、咲夏の運命をゴロッと変えてしまうような『恋の借り物競走』が、いま激しい号砲の音と共に、ついに幕を開けようとしていた。