夏と冬が重なれば。【完結】



グラウンドに設置された白い本部テントの下、咲夏は任された余りの鉄パイプや三角コーンの片付けをせっせとこなしていた。

「安達さん、その赤色のコーンは東校舎の1階奥に運んどいてー!」

「はーい、分かりました!」

 体育の先生から指示を受け、咲夏はいくつかの赤いコーンを両腕に抱えて、ひんやりとした空気の漂う東校舎の中へと入っていった。

 踊り場へと続く階段の途中で、ふと壁に掛けられた大きな全身鏡が目に入る。

鏡の中に映し出されていたのは、いつもの大人っぽいダウンスタイルではなく、体育祭のために珍しく高い位置でキュッと結い上げた、ポニーテール姿の自分だった。

(うーん……なんか、自分で見てもちょっと新鮮かも)

 首元がすっきりとして、揺れる毛先がなんだか気恥ずかしい。

 コーンを抱え直して再び階段をトントンと登っていこうとした、その時だった。

「あれ、安達さん?」

 頭上から、鼓膜を心地よく震わせる、あの世界で一番大好きな爽やかな声が降ってきた。

 驚いて顔を上げると、そこにはちょうど階段を降りてきたところだったらしい、体育祭のTシャツの上からカッターシャツをラフに羽織った冬弥が立っていた。

「あ、冬弥くんっ!お疲れ様!」

 さっきまでのモヤモヤとしたマイナス思考が一瞬で吹き飛び、咲夏はパッと顔を輝かせてにっこりと挨拶した。

すると冬弥は、咲夏が両腕に抱えている赤いコーンを見つめ、驚いたように目を丸くする。

「体育祭委員の仕事?女の子には結構重いよね、それ。大変だし、俺が持とうか?」

 冬弥はそう言って、咲夏との距離をすっと詰め、長い腕を優しく伸ばしてきた。その自然な気遣いが、誰にでも平等に優しい彼らしくて、咲夏の胸の奥をまた少しだけ切なくさせる。

「ううん、大丈夫だよ、ありがとう!私より困ってる人、グラウンドにきっともっとたくさんいると思うから。そっちの人たちのところに行って、手伝ってあげて?」

 クラスの女子たちに人気の『誰にでも優しい爽やか王子』。それを思い出し、咲夏は無理に作った笑顔で彼を送り出そうとした。

 けれど、それを聞いた冬弥は一瞬だけきょとんと驚いたように目を見開き、それから――今までにないほど、どこまでも甘く、柔らかく目を細めて笑った。

「やだな。安達さんをここに置いて、他の人のところに行くなんて、俺にはできないけど?」

「――っ!?」

 ドクン、と咲夏の心臓が、階段の壁に響くほどの大きさで激しく跳ね上がった。

 "安達さんを置いて、そんな事できないよ"

 そのあまりに特別扱いされているような甘すぎるセリフに、中身が純情陰キャな咲夏の理性が一瞬で消し飛んでいく。

「と、冬弥くんっ……!あのっ、そういう思わせぶりなこと、誰かれ構わず言っちゃダメだよ……っ!?」

 顔を真っ赤に染め上げ、抱えたコーンで赤みを隠すようにしながら必死に抗議する。

 すると、冬弥は今度こそ本当に不思議そうに眉をひょいと上げて、咲夏の顔を覗き込んできた。

「え、なんで?俺、誰にでも言ってるわけじゃないよ。……それに、本当のことだし」

「だって……そんなこと言われたら……っ」

 咲夏は言葉の続きを飲み込み、きゅっと目を伏せて、完全に顔から火が出るほどの羞恥心に溺れてしまった。

 本当のこと、なんて。

 階段の窓から差し込む初夏の強い光に照らされて、揺れるポニーテールの隙間から覗く咲夏の耳たぶは、抱えているコーンよりもずっと、鮮やかな桃色に染まり続けていた。