ドキドキと息が止まりそうになるほどの出来事があった京都の校外学習。
右手に残っていた彼の温もりを思い出せば、ほんの少しだけ期待してしまうのが恋する乙女の性というものだ。
けれど、それと同時に、もしも体育祭の借り物競走で、自分とは違うどこかの女子生徒を楽しそうに選んで走る冬弥の姿を見てしまったら――。
そう想像するだけで、咲夏の胸の奥は、張り裂けそうなほどの鋭い不安でいっぱいになった。
「はぁ……」
咲夏は小さくため息をつき、窓際から見える広大な校庭をじーっと見つめた。
トラックの白線を引く先生たちの姿や、部活の朝練の跡が残る土。
その景色を眺めながら、咲夏の思考はどんどん後ろ向きな方へと沈んでいく。
(やっぱり……期待なんて、最初からしないほうがいいのかなぁ……)
教室を見渡せば、冬弥の視線を勝ち取ろうと、いつも以上にオシャレに磨きをかけて色めき立っている女子たちが大勢いる。
彼女たちの眩しいほどの熱量を見ていると、咲夏は自分が、冬弥を取り囲むたくさんいる女子の、ほんの一部に過ぎないのだと残酷なまでに気づかされてしまうのだ。
(そもそも、冬弥くんはクラスのムードメーカーで、誰にでも分け隔てなく優しく話しかけてるし……。あのとき、京都で言ってくれた言葉だって、嘘ではないんだろうけど……。でも、直接『好き』って言われたわけじゃないし……)
ギャルの下にある、地味で目立たないように生きてきた中学時代の『陰キャの咲夏』が、ここぞとばかりにネガティブな呪文を囁いてくる。
ぐるぐると脳内を駆け巡るマイナス思考に押し潰されそうになっていた、その時だった。
『ピンポンパンポン――。体育祭委員の生徒は、昼休み中に本部テント前へ集まってください。資料の確認と、マイクテストの準備を行います』
校内スピーカーから響いた無機質な放送が、咲夏の思考を強引に遮った。
そうだ、自分は2組の体育祭委員に選ばれていたのだ。
「あ、咲夏っち呼ばれてるじゃん。いってらー!」
「しっかり働いてこいよー」
知華がパタパタと手を振り、那智が白桃のチュッパチャプスをくわえながらクールに見送ってくれる。
「うん、ちょっと行ってくるね!」
咲夏はふたりの温かい声に小さく笑みを返すと、お財布とスマホをカバンに仕舞い、2組の教室を後にした。
(……うん。ウジウジと色々考えてるより、今は委員会の仕事を全力でやって、少しでも気を紛らわすしかないよねっ!)
廊下を歩きながら、咲夏は自分のスリッパのつま先を見つめてぐっと気合いを入れ直す。
校庭に設置された白い本部テントの下では、資料の配布や、マイクの「テステス……」という電子音が慌ただしく響いていた。



