京都での、あの息が止まるほど甘くてハラハラした校外学習が無事に終わりを迎えてから、いくつかの月日が流れた。
朝凪高等学園の季節は巡り、いまや校内はどこもかしこも、独特の熱気と興奮に包まれる『体育祭シーズン』へと突入していた。
「(やば……、女子の気合いが尋常じゃないんだけど……っ)」
2組の教室の一角で、咲夏は周囲の女子生徒たちの圧倒的な熱量に、ただただ目を丸くして驚いていた。
休み時間になるやいなや、クラスの女子たちは一斉に日焼け止めを「ぬりぬり」と肌に滑らせ、ひんやりとしたパウダーシートで首元を拭い、ポニーテールや編み込みといったお互いのヘアスタイルにさらなる磨きをかけている。
普段の教室からは想像もつかないほどの、凄まじい「美」への執念がそこには満ち満ちていた。
「ちょっと、咲夏っち!うちらも早くUVケアしなきゃダメだってば!」
隣から鼻息を荒くして迫ってきた知華が、自身の手のひらにたっぷりと日焼け止めを出すと、咲夏の白くて綺麗なほっぺたに有無を言わさず優しく塗りたくってきた。
「わ、わわっ!知華、ちょっと冷たいっ……!あはは、それにしても、今年の女子の気合いって本当に凄いよね……?」
咲夏は顔を引きつらせながらも、クスリと苦笑いを漏らす。
外見は誰もが振り返る一軍の清純派ギャルになったけれど、中身は未だにこうした派手なイベントのノリに気圧されてしまう元・陰キャの咲夏は今日も健在している。
すると、いつものように手元のスマホを器用にいじりながら、那智がニヤリとクールで不敵な笑みを浮かべて会話に入ってきた。
「まぁな。なんたってこの学校の体育祭では、プログラムの目玉である『借り物競走』で、毎年何組ものカップルがよく誕生するらしいからな」
「……?ええーっ!?そ、そうなのっ!?」
初耳の特大情報に、咲夏は思わずお財布を握りしめたまま大きな声を上げてしまった。
そんな咲夏の驚きっぷりを見て、知華が「おっそ!」と楽しそうに肩をすくめてツッコミを入れてくる。
「反応が遅いよ、咲夏っち!朝凪高校の伝統行事だよそれ!」
知華の詳しい解説によると、男子たちが借り物競走のレース中、引いたお題のカードに書かれた『条件』に合う女子をギャラリーの中から探し出し、その子の手を引いて一緒にゴールを目指すという、なんとも少女漫画チックなイベントらしいのだ。
男の子が真剣な顔で自分を選んで、手を引いて走ってくれる。
そんなの、恋が始まらないわけがなかった。
「どおりで、みんなこんなに女子力を爆発させてるわけだね……」
咲夏はなるほどねと苦笑いしつつ、胸の奥がじんわりと焦るように熱くなっていくのを感じていた。
他校の女子からも告白されるほどの圧倒的なスペックを持ち、強豪バスケ部のエースでもある、あの2組の爽やか王子。
彼がもしその競技に出ることになったら、一体誰を選ぶのだろうか。
「だってさぁ、あの爽やか王子が本気の顔で選んで、手を繋いで走る女子だよ!?咲夏っち、誰になるのかめちゃくちゃ気になるでしょー!?」
知華がニシシと悪戯っぽく目を輝かせ、咲夏の顔を覗き込んでくる。
あの雨の竹林で、自分に向かって『安達さんの良いところ、怜には気づいて欲しくなかった』と、切なげな独占欲をぶつけてくれた冬弥。
その彼の姿を思い浮かべた瞬間、咲夏の心臓はドクンと大きな音を立て、丁寧に仕上げたメイクの上からでも分かるくらいに、頬が桃色に染まっていくのだった。



