夏と冬が重なれば。【完結】


「……っ、何してんの?」

 低く、地を這うような冬弥の声が、パラパラと降り続く通り雨の音に混じって中庭の片隅に落とされた。

 怜の腕を掴む冬弥の手には、白くなるほどに強い力が込められている。

至近距離で親友のそんな激情を向けられ、怜は驚きに目を丸くしたまま、「は?」と言葉を詰まらせて固まっていた。

「と、とと、冬弥くんん……っ!?」

 咲夏もまた、あまりのパニックに心臓が喉から飛び出しそうになり、網膜を激しく揺らして冬弥を見つめることしかできない。

「あまりにみんなが戻るのが遅いから、迎えにきたんだ。……で?怜、安達さんに一体何しようとしてたの?」

 冬弥の瞳の奥には、これまでに見たこともないような鋭い光が宿っていた。

声のトーンはどこまでも静かだ。

けれど、だからこそ彼が本気で、底の方で激しく怒っていることが嫌というほど伝わってくる。

「あ……、いや、何もしてねぇけど」

 いつもなら「うるせーよ」と冷たく一蹴するはずの怜が、珍しく歯切れ悪そうに、バツが悪そうに視線を斜め下へと逸らした。

先ほど咲夏の髪に触れてしまった指先が、まだ微かに熱を持っているかのように強張っている。

「ごめんねっ、冬弥くん!心配かけちゃって本当にごめんなさい!これ、たまたまここで佐藤くんにバッタリ会って、それでちょっとだけお話ししてただけなのっ……!」 

ふたりの間のただならぬ空気を察し、咲夏は割って入るようにして慌てて言葉をまくしたてた。

冬弥の前で、ふたりの友情にヒビが入るようなことだけは絶対に避けたかったのだ。

 必死に仲裁しようとする咲夏を見て、冬弥はフッと、いつものような優しい、けれどどこか寂しげな笑みを唇の端に浮かべた。

「はは……。俺は怜に聞いてるんだけどな」

 ぽつり、と。冬弥の口から溢れたその独占欲を滲ませた言葉に、咲夏の息が止まる。

「……まぁ、いいや。行くよ」

 冬弥は怜の手首を離すと、迷いのない動きで咲夏の方へと手を伸ばした。


 ――ギュッ。 咲夏の少し冷えた右手を、冬弥の大きな熱い手のひらが痛いほどの強さで包み込む。

「え……っ、冬弥、くん……っ!?」

 驚く隙も与えられないまま、冬弥は咲夏の手を引いて、早足で竹林の小道の向こうへと歩き出してしまった。

繋がれた手から伝わってくる彼の心臓の鼓動のような、激しい熱量。

咲夏は目が回りそうなほどのドキドキを抱えたまま、ただ彼の広い背中を追いかけて連れ去られていく。

 カラン、カラン、カラン……。

 再び遠くで、小さな踏切の警報音が虚しく響き渡る。

 通り雨に濡れるお団子屋さんの縁側で、たったひとり取り残された怜は、しばらくの間、微動だにせず立ち尽くしていた。

 雨の雫が、ぽつりと自分の右の手のひらに落ちて弾ける。 咲夏のピンクベージュの髪に触れた、その指先。

(俺、今……あいつのこと……。あいつに、一体何を思ったんだ……?)

 ただの軽いギャルだと思っていた。

親友の冬弥を、周りの悪い虫から守るためだけに、監視して、拒絶していたはずだった。

 それなのに、あいつのあの真っ直ぐな瞳を、無防備な笑顔を間近で見た瞬間、自分の胸の奥がどうしようもなく激しく揺さぶられてしまった。

 怜は驚きと、認めたくないほどの強い戸惑いに震えながら、自分の手のひらをじっと見つめる。

 京都の美しい竹林の中、冬弥と咲夏の手がしっかりと結ばれたその裏側で、怜の胸の奥にもまた、決して芽生えてはならなかった切ない『恋の火種』が、静かに煙を上げ始めていた。