「(やばいやばいやばいやばい……っ!)」
東海道新幹線のぞみ号の車内、規則的な振動に揺られながら、咲夏の心の中はまな板の上で跳ねる魚さながらに大暴れを極めていた。
待ちに待った高校二年生のビッグイベント、校外学習。 地味だった中学時代を乗り越え、努力の末に完璧な白ギャルへと生まれ変わった咲夏に、神様はとんでもない『奇跡』を用意してくれていた。
なんと、事前に行われた班決めで、見事冬弥と同じグループになることができたのだ。
さらに、座席が3人掛けと2人掛けに分かれる新幹線の車内で、なぜか冬弥が咲夏のすぐ隣に座るという、確率論を無視したような異次元のミラクルまで巻き起こっていた。
学級委員長である冬弥は、点呼や配布物の確認などでちょこちょこと忙しそうにしてはいる。
けれど、今は移動中の自由時間。
3人掛けの座席の背もたれをぐるりと回転させ、向かい合わせになった座席の間で、咲夏たちは『ババ抜き』の真っ最中だった。
「じゃあ、選ぶよー?どれがいいかな、安達さん」
すぐ隣から、鼓膜を優しく震わせる冬弥の爽やかな声。
トランプのカードを扇状に広げる咲夏の手元を、冬弥の綺麗な指先がじっと狙っている。
咲夏は直前のターンでまさかのジョーカーを引いてしまい、手札は残りわずか2枚という絶体絶命のピンチを迎えていた。
なんとか冬弥にジョーカーを引かせたい。
けれど、どう誘導すればいいのか全く分からず、中身が純情陰キャな咲夏はパニックに陥る。
「と、冬弥くん……!お、お願い、お手柔らかにお願いしますっ……!」
至近距離で見つめられる気恥ずかしさに耐えきれず、咲夏は顔を真っ赤に染め上げ、慌てて真っ直ぐな瞳から目を逸らした。
すると、冬弥は「くすっ」と楽しそうに肩を揺らし、咲夏の顔を覗き込むようにして少し意地悪そうに微笑む。
「だめだよ?安達さん、目逸らしちゃ。どっちがジョーカーか分かっちゃうよ?」
(きゃーっ!そんな顔近くで言われたら、ババ抜きどころか心臓がバレちゃうよ!助けてぇ、知華! 那智……っ!)
咲夏は心の中で盛大に悲鳴を上げたが、真向かいの座席に座る親友ふたりは、この極上の胸キュンシチュエーションをここぞとばかりに面白がっていた。
知華はニヤニヤと口元を手で隠し、那智はチュッパチャプスを転がしながら「完全に顔に出てるぞ」と目線で弄ってくる。
同じグループの男子で、ちょっとチャラいけれど礼儀正しく頭の回転も早いインテリ系の佐久間 新も、「観月、完全に攻め落としにかかってんなぁ」と楽しそうに観戦していた。
「――よし、えいっ!」
冬弥が小気味よい声を上げて、咲夏の手札から1枚をスッと引き抜いた。
冬弥の手元に渡ったのは、不敵に笑う道化師の絵柄――見事にジョーカーだった。
「あはは、残念!俺の負け~」
冬弥は悔しがる風でもなく、ケラケラと爽快に笑った。
「ええっ!?冬弥くんごめんね、私、無理に引かせちゃうような態度とっちゃってっ……!」
申し訳なさから大慌てで謝る咲夏。
けれど、冬弥はトランプのカードをパサッと机に置くと、咲夏の目を真っ直ぐに見つめ、ニカッと太陽のような笑顔を弾けさせた。
「いいよ全然。その代わり、安達さんのすげー可愛い顔見られたから、俺の勝ち」
「……っ!?」
可愛い顔!?
不意打ちで鼓膜へと滑り込んできたその甘すぎるパワーワードに、咲夏の脳内は一瞬にしてキャパシティオーバーを起こした。
頭のてっぺんからプシューッと熱い蒸気が出そうなほどの衝撃。
丁寧に仕上げたメイクの上からでもハッキリと分かるくらい、顔が真っ赤っ赤に染まっていく。
冬弥はそんな咲夏の分かりやすすぎる反応がツボに入ったのか、目元をふにゃりと和らげてさらに顔を近づけてきた。
「ははっ、ほんと分かりやすいよね。真っ赤じゃん。なんか、りんごみたいで美味しそうだね♪」
「ちょっ……、冬弥くんんんっ!?!?」
美味しそう、なんて。
完全にギャルの理性を粉砕された咲夏は、赤面したまま両手で顔を覆うのが精一杯だった。
向かいの座席からは「ごちそうさまでーす♪」「やるじゃん冬弥」と知華たちの歓声が上がっている。
京都へと向かう新幹線の車内、スピードを上げていく列車と同じように、冬弥からの直球すぎるアプローチによって、咲夏の恋の秒針は、もう誰にも止められないほどの速度で熱く弾けようとしていた。



