夏と冬が重なれば。【完結】



校門でのハプニングを後にし、昇降口にたどり着いた咲夏は、ローファーを脱ぎながら隣で上靴に履き替えている怜へと視線を向けた。

「そういえば、佐藤くん。今日は冬弥くんと一緒に登校じゃなかったんだね?」

「いつも一緒ってわけじゃねーよ、あんな朝から無駄にテンション高い奴」

 怜はムスッとした表情のまま、気怠げに上靴の踵をトントンと地面に打ち付ける。

「へぇー、そうなんだー!毎日一緒に来るのかと思ってたから、なんか意外!」

「お前は『意外』って日本語しか知らねぇのかよ……。語彙力どうなってんだよ、ちびギャル」

 呆れたように肩をすくめる怜に、咲夏は「もー、いいじゃん!ちびじゃないしっ!」とぷっと頬を膨らませた。

昨日までの張り詰めた空気が嘘のように、二人の間には心地よいテンポの会話が流れている。

 咲夏がまた怜に何か話しかけようとした、その瞬間だった。

「……朝から、ふたりで何の話?」

 昇降口の喧騒をすり抜けるようにして、すぐ近くから爽やかな声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこにはカバンを肩にかけた冬弥が立っていた。
顔にはいつもの眩しい笑みを浮かべている。

けれど、その瞳の奥はどこか据わっていて、なんだか少しだけ怒っているような、ピリッとした独特の雰囲気を纏っていた。

 しかし、恋の渦中にいる咲夏はその異変にすぐには気づかない。
突然現れた大好きな人の姿に、一瞬で瞳をきらきらと輝かせた。

「と、冬弥くん……っ!おはよう!」

「おぅ、冬弥。珍しく遅せぇじゃん」

 怜がいつも通りに声をかけると、冬弥はフッと視線を怜から咲夏へと移し、目元を和らげる。

「ちょっと今日ゆっくり起きちゃってさ。でも、朝から昇降口で安達さんの姿を見かけたら、つい声かけたくなっちゃった」

「っ……!」

 朝から見かけたから、つい?!
 その無自覚に心臓を撃ち抜いてくるセリフに、咲夏の胸は激しくドクンと跳ね上がる。

「はいはい、お熱いこってー。俺は先に行くわ。お邪魔虫は退散しまーす」

 怜はふたりの空気を察したようにニヤリと意地悪く口元を緩めると、ひらひらと手を振って、あっという間に階段の方へと去っていった。

「ちょっと!佐藤くんっ!?」

 変な誤解を煽るような怜の捨て台詞に、咲夏は顔を真っ赤にして慌てて引き留めようとする。

 怜がいなくなった昇降口。
冬弥は一歩、咲夏の方へと距離を詰めると、にっこりと完璧な、けれどどこか逃げ道を塞ぐような笑顔を向けた。

「安達さん、いつの間に怜とそんなに仲良くなったの? 俺、朝からふたりがすげー楽しそうに話してるの見て、ちょっと驚いちゃったわ」

「えっ……」

 冬弥の口から出た、怜への明らかな牽制のような言葉。 その瞬間、咲夏は(あれ……? なんか冬弥くん、もしかして怒ってる……?)と、彼の笑顔の裏にある、隠しきれていない可愛い独占欲をようやく察知した。

(どうしよう、まさか佐藤くんに『冬弥くん自身のことが大好きなの!』って熱烈に宣戦布告したなんて、絶対に本人には言えないよぉおおおっ!)

 咲夏は内心で盛大に冷や汗をかきながら、引きつりそうになる顔を必死に取り繕って、大慌てで言い訳をまくしたてた。

「あー、えっとね!たまたま、佐藤くんと同じ趣味の話題があって!この前、それでちょっと仲良くなったの!」

「へぇ、そうなんだ?」

 冬弥は諦めそうにない真っ直ぐな瞳で、咲夏の顔をじっと覗き込んでくる。

「どんな話題?怜の趣味って俺、大体知ってるつもりだけど……安達さんと共通の話題なんてあったっけ?」

 逃げ場のない追及。
冬弥の少しだけ拗ねたような、けれど真剣な眼差しに、咲夏の脳内パニックメーターは早くも限界を突破しかけていた。

(う、嘘……! どんな話題って聞かれても、そんなの何も考えてないよぉ……っ!)

 何かギャルっぽい、当たり障りのない嘘をひねり出そうと、口を震わせた、まさにその時。

 キーンコーンカーンコーン――。

 朝の予鈴のチャイムが、タイミングよく校舎中に鳴り響いた。

「あ!冬弥くん、チャイム鳴っちゃった!遅刻しちゃうから、急ごっ!」

 咲夏は救いの神と言わんばかりにそのチャンスに飛びつき、冬弥に声をかけると、真っ赤な顔を隠すようにして大急ぎで階段へと駆け出した。

 背後からは、不完全燃焼そうに「あ、待ってよ安達さん!」と追いかけてくる冬弥の足音が廊下に響いていた。