夏と冬が重なれば。【完結】


「正直……佐藤くんのことは、今だって凄く怖いです」 

咲夏は少しだけ声を震わせながらも、決して怜から視線を逸らさなかった。

夕焼けの光が、ふたりの間に長い影を落としている。

「でも、あの自販機の前で、佐藤くんが必死に私に忠告してきたとき……何か、本当に佐藤くんにとって大切な理由があったり、どうしても譲れない理由があるんじゃないかって思ったの。私の直感でしかないけれど。でもね……」

 咲夏は一度、きゅっと胸元に手を当てて、愛おしそうに目を細めた。

「冬弥くんが、佐藤くんに向けてしか見せない、凄く優しい笑顔だったり、ふたりの間から滲み出てる信頼関係を見てるとね、私まで心が凄く温かくなるの。冬弥くんは、困っている人や、周りの人の心を底から温かくできる人。佐藤くんも、冬弥くんのそういうところが大好きなのかもって思ったら……私、自分の気持ちをごまかさないで、ちゃんと伝えなきゃって思いました。……誰かを同じように大切に思えるって、それだけで奇跡だなって思うから」

 咲夏の瞳に、夕日のきらきらとした光が反射して美しく輝く。

「今の私には、言葉だけで私の本気を立証することはできないけれど……。佐藤くんには、私の本気、これからちゃんと見ていてほしいです」

 凛とした、けれどどこまでもピュアな眼差し。

 その真っ直ぐな言葉の熱量を至近距離で真っ正面から浴びせられ、怜は言葉を失ったまま、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

「……はぁ」

 どれほどの沈黙が流れただろう。

 やがて怜は、天を仰ぐようにして、本日一番の深いため息を吐き出した。

ぽりぽりと頭を掻き、視線を気まずそうに斜め下へと落とす。

(なんだよ、それ……)

 怜の脳裏に、不意に鮮烈な過去の記憶が蘇っていた。

 それはまだ、自分が冬弥と友達になったばかりの、眩しいあの日。

 心を閉ざしがちだった自分を、冬弥はあの太陽のような笑顔で強引に引っ張り上げてくれたのだ。

そのとき、冬弥が屈託なく笑いながら言った言葉が、今の咲夏のセリフと、あまりにも綺麗に重なり合っていた。

『お互いに同じように大切に思うって、それだけで奇跡じゃね?』

 見た目は派手な白ギャルで、いかにも冬弥のステータスに群がる軽い女に見えた。

 けれど、この安達咲夏という彼女の中身は――自分が誰よりも大切にしている親友、観月冬弥と、驚くほど同じ色をした、真っ直ぐな心の持ち主だったのだ。

「……チッ。本当、おめでてーやつ」

 怜はぶっきらぼうに舌打ちをすると、首のタオルをきゅっと掴み直した。

けれど、その瞳からは、これまで咲夏に向けられていた冷酷なトゲが、すっかり消え去っていた。

「勝手にしろよ。……その代わり、本気じゃねぇって少しでもわかったら、今度こそ冬弥から離れてもらうからな」

 それだけを言い残し、怜はポケットに手を突っ込んで足早に廊下の向こうへ去っていった。

 夕闇が迫る長い廊下。

咲夏は怜の背中を見送りながら、張り詰めていた緊張が一気に解け、その場にへたり込みそうになるのを堪えて、胸の前で小さく拳を握りしめた。

 冬弥がくれた『素直』という武器で、ついに一番高い壁を乗り越えた。

 完璧なギャルに生まれ変わった咲夏の、前途多難で、けれど誰よりも一途な恋の秒針が、確かな音を立てて、ここからさらに加速しようとしていた。