冬弥の温かい言葉に背中を押されながら、ふたりで残りのホッチキス留めをすべて終えたのは、すっかり夜の帳が下りる手前のことだった。
「安達さんのおかげでマジで助かった!」と嬉しそうに笑う冬弥に、咲夏は「ううん、冬弥くんもお疲れ様!」と今度は心の底からの笑顔を返すことができた。
そして、迎えた翌日の放課後。
咲夏は、夕焼けに染まる誰もいない西校舎の廊下で、ぎゅっと自分の制服のブレザーの裾を握りしめていた。
遠くから響くバスケ部の掛け声やバッシュの摩擦音。
もうすぐ部活の全体練習が終わり、自主練に移る前のタイミングで、冬弥の親友である佐藤怜がこの廊下を通ることを、那智からのさりげない情報で突き止めていたのだ。
(冬弥くんは、私のこと『素直で友達思いで良い奴』だって言ってくれた。だから……見た目だけで判断されて、大好きな人の隣にいることすら拒絶されたまま、黙って逃げるなんて絶対に嫌!)
トクン、トクンと緊張で心臓が跳ね上がる。
完璧にセットしたピンクベージュの髪が、窓からの春風に揺れた。
ザッ、ザッ……。 やがて、廊下の向こうから、聞き覚えのある気怠げな足音が近づいてくる。
首にタオルをかけ、ドリンクボトルを手にした怜が、ひとりで歩いてくるのが見えた。
咲夏の姿を視界に捉えた瞬間、怜は目に見えて不機嫌そうに、片方の眉をピキリと跳ね上げる。
「……何。お前、まだ冬弥の周りをうろついてんの?前にあれだけ言われて、まだ分かんねぇわけ?」
相変わらずの、氷のように冷徹な毒舌のナイフ。
中身が陰キャのままの咲夏なら、いつもならこれだけで泣きそうになって萎縮していただろう。
けれど、今日の咲夏は違った。
引くことなく、怜の真っ直ぐな瞳を正面から見据え、一歩前に踏み出した。
「分かんないよ!佐藤くんの言ったこと、私、どうしても納得いかないから来たの!」
「……はぁっ?」 まさか咲夏が真っ向から自分に歯向かってくるとは思っていなかったのだろう。
怜が驚いたように足を止める。
咲夏はザワザワする胸を抑えながら、凛とした声で一気にまくしたてた。
「確かに私はその変の女子に比べたら派手かもしれない! でも、冬弥くんの『肩書き』とか『人気』が目当てで近づいたわけじゃない!冬弥くんが誰にでも優しくて、眩しくって、友達を心の底から大切にするかっこいい人だから……だから私は、冬弥くんの事を好きになったの!!」
夕暮れの誰もいない廊下に、咲夏の真っ直ぐな『宣戦布告』が小気味よく響き渡った。
ずっと胸の奥に秘めていた冬弥への本気の恋心を、まさか最初に告白する相手が彼の親友の怜になるとは思いもしなかった。
けれど、一歩も引かずに自分の本心をぶつける咲夏の瞳には、迷いなんて一切なかった。
「佐藤くんが冬弥を大切に思って、周りから守りたいのは分かった。でも、見た目だけで私の気持ちを『薄っぺらい』って決めつけるのだけは、絶対に許さない!」
胸元でぎゅっと拳を握りしめ、顔を真っ赤にしながらも真っ直ぐに自分を睨みつけてくる咲夏。
その圧倒的な熱量と、外見の派手さからは想像もつかないほどに『ピュアで素直な中身』の輝きを至近距離で浴びせられ、怜は液晶画面を突きつけられたときのように、ぽかんと口を開けたまま完全に言葉を失って固まっていた。



