夏と冬が重なれば。【完結】



けたたましく鳴り響いたスマホの着信音によって、甘く濃密だった空気は一瞬にして霧散し、咲夏の身体には冷や水が浴びせられたような現実感が戻ってきた。

「あ、怜だ」

 冬弥が画面を確認し、ごく自然にその名前を口にした瞬間、咲夏の胸の奥は激しくザワザワと波立ち始めた。

(そうだ……私、佐藤くんに『冬弥の周りをうろつくな』って酷い言葉で拒絶されて、まだ和解も何もしてないんだ。それなのに、冬弥くんとこんな放課後の教室でふたりきりになって、あんな甘い雰囲気に浸っちゃうなんて……っ)

 押し寄せる凄まじい罪悪感と恐怖に、咲夏の背中を冷たい汗が伝う。

 そんな咲夏の激しい内心の動揺を知る由もない冬弥は、そのまま慣れた手つきで通話ボタンを押し、耳元にスマホを当てた。

「おぅ怜、どうした?……え?今?学級委員の資料作ってる。あー、それがさ、小山内さんが具合悪くなっちゃってさ。……え?いや、いーよ別に。安達さんも一緒に手伝ってくれてるし」

 冬弥がサラリと放ったその一言に、咲夏は「あっ……!」と息を呑んで硬直した。

 佐藤くんに、冬弥くんと二人きりでいることがバレてしまった。

「言ったらただじゃおかねぇから」と中庭で脅されたときの、あの怜の底冷えするような冷徹な瞳が脳裏をよぎり、咲夏の頭上には一気にどす黒い暗雲が立ち込め始める。

 だんだんと青ざめていく咲夏を置いて、冬弥は「じゃ、あとでなー」と明るい声で怜との会話を終え、スマホをポケットにしまい込んだ。

「ごめんね安達さん。怜のやつ、用もないのにうるさくてさ」

 冬弥はいつものようにケラケラと笑いながら資料作りに戻ろうとしたが、咲夏はもはやそれどころではなかった。

佐藤くんに何をされるか分からないという恐怖から、早くここを立ち去りたくて、取り憑かれたような猛スピードでホッチキスをパチパチと留め始める。

「大丈夫!私こそ、冬弥くん部活の練習があるのに、引き止めちゃって本当にごめんねっ……!」

 必死に声を明るく作って、早口でまくしたてる。

 けれど、あからさまに元気をなくし、どこか怯えたように作業を急ぐ咲夏の異変に、冬弥が気づかないはずがなかった。

冬弥は資料を揃える手を完全に止め、咲夏をじっと見つめる。

「あれ……安達さん?なんか急に元気なくね?本当に大丈夫?」

「えっ!?そ、そうかな!?全然大丈夫だよ、ほら、あとちょっとで終わりそうだし!」

 引きつった笑顔を必死に浮かべて誤魔化そうとする咲夏。

しかし、冬弥はその顔を真っ直ぐに射すように見つめたまま、いつもより一段低い声で、短く告げた。

「……嘘」

「えっ……」

 ドクン、と咲夏の心臓が大きく跳ね上がり、身体が完全に固まる。

 いつもの眩しい太陽のような笑顔は消え去り、そこにあったのは、大人の男の子のような、どこまでも真剣で、どこか切なげな冬弥のまなざしだった。

冬弥は咲夏の目の前へと一歩踏み込み、逃げることを許さないような強さで、静かに問いかける。

「安達さん、最近なんかずっと悩んでんでしょ。……それ、俺には言えないこと?」

 夕闇が迫る放課後の教室。
 大好きな人の真っ直ぐな追及と、親友の顔がよぎる狭間で、咲夏は息をすることさえ忘れて立ち尽くすことしかできなかった。