それから咲夏と冬弥は、夕焼けの差し込む教室で並んで資料作りに取りかかった。
冬弥の手が器用に紙を揃え、咲夏のホッチキスが小気味よい音を立てていく。
「ってかさ。同じクラスになったのに、俺達全然喋ってないよな。なんかこうやって話すの、久々じゃね?」
冬弥が作業の手を休めることなく、ふっと目元を和らげて笑った。
そのいつも通りの屈託のない笑顔に触れた瞬間、怜から冷たい言葉を浴びせられて以来、咲夏の胸の奥にずっと澱溜まっていた重苦しい悩みが、嘘のようにふわりと軽くなっていくようだった。
「そうだね!冬弥くん、学級委員の仕事とか部活もあって凄く忙しいし、大変だもんね。それに……クラスでも、いっつも大人気だし」
「えー、俺そんなに人気なの?自分じゃ全然そんな風に思わないけどな」
冬弥は本当に心当たりがないといった様子で、大袈裟に首を傾げて笑っている。
そんな彼の無自覚な様子に、咲夏は少しだけ照れくささを滲ませながら、本音をぽつりとこぼした。
「うん……。冬弥くんは、みんなの憧れだから」
言った途端に気恥ずかしさが押し寄せ、咲夏はそれを紛らわすように、パチパチと猛スピードでホッチキスを留めていく。
すると、冬弥は驚いたように動きを止め、真っ直ぐな視線を咲夏へと向けた。
「じゃあさ……安達さんから見ても、俺って憧れる存在?」
――ドクン。
不意を突かれた咲夏の心臓が、激しく、大きく跳ね上がった。
一瞬にして顔に熱が集まり、耳たぶまで真っ赤に染まっていくのが自分でもよく分かる。
けれど、ここでギャルっぽくおちゃらけて誤魔化すことなんて、今の咲夏にはどうしてもできなかった。
「えっ……!えーっと……。憧れもあるけど、冬弥くんは……すごく眩しくって、みんなを引っ張ってくれて、それで……頼れる、かっこいい人、かな……」
(いやいや私、どさくさに紛れて何いってるの!?)
視線を泳がせ、最後の方は蚊の鳴くような声になりながらも、咲夏は心の奥にある真っ直ぐな想いを伝えた。
それを聞いた冬弥は、息を呑んだように目を見開いたまま、じっと咲夏の顔を見つめる。
「それ……本当……?」
いつもより少しだけ低く、真剣なトーンを帯びた彼の声。
その響きに、咲夏は恥ずかしさが限界メーターを突破してしまい、完全にパニックに陥った。
「うん、本当だよ!あー、もうっ、やっぱり今の無し! 忘れてっ!なんか、自分で言ってて凄く恥ずかしいからっ!」
咲夏は真っ赤になった顔を隠すように、近くにあった資料の束をバッと掲げて自分の顔を覆い隠してしまった。
すると、静まり返った教室に、冬弥の低く楽しそうな笑い声が優しく響く。
「ははっ、何もそこまで顔隠さなくていーじゃん。こっち向いてよ」
「ええ!ちょっと、駄目だってばっ」
冬弥の大きな手が咲夏の持つ資料の端に触れ、遮られていた視界を遮るように、ゆっくりと、けれど拒む隙を与えない強さでそれを取り去った。
資料が退けられた瞬間、目の前にあったのは――至近距離で咲夏を真っ直ぐに射す、冬弥の引き込まれそうな瞳だった。
咲夏は顔を真っ赤にしたまま、網膜に焼き付くような彼の端正な顔立ちを見つめて硬直する。
冬弥もまた、夕焼けに照らされて赤く染まった咲夏のあまりにピュアな表情に心臓を撃ち抜かれたのか、一瞬だけ息を呑んで動きを止めていた。
ふたりの距離が、音を立てて縮まるような、息もできないほどの濃密な空間。
静寂に包まれた教室で、互いの体温さえ伝わりそうなその甘い時間を引き裂くように、不意に、冬弥のズボンのポケットからけたたましい電子音が鳴り響いた。



