オレンジ色の夕暮れが長く伸びる誰もいない教室で、ホッチキスの規則正しい音だけが寂しく響き渡る。
「はぁ……何やってんだろ、私……」
咲夏はぽつりと呟き、手元の資料に目を落とした。
外見を変えて完璧なギャルになったはずなのに、放課後の教室で他人の仕事を押し付けられて一人で作業しているなんて。切なさと虚しさが入り混じり、どんよりとブルーな気持ちが胸に広がっていく。
なんとか20冊目を留め終えたところで、山積みの残りの束を見つめ、「これ、本当に一人で終わるのかな……」と顔を引きつらせた、その時だった。
ガラッ――。
静まり返った教室に、ドアが勢いよく開く音が響いた。
「えっ!?安達さん……っ!?」
「え、冬弥くん……?」
驚いて顔を上げると、そこには部活のジャージ姿のまま、息を少し切らせた冬弥が立っていた。
冬弥は驚いたように目を丸くしながら、机に並べられた資料と咲夏の目の前まで真っ直ぐに歩み寄ってくる。
「あれ、おかしいな……。俺、小山内さんがここで居残りで資料作ってるもんだとてっきり思って、手伝いに戻ってきたんだけど……」
冬弥の口からごく自然に『小山内さん』の名前が出た瞬間、咲夏の胸の奥がまたチクリと小さく痛んだ。美男美女でお似合いだと言われていた二人の姿が、どうしても脳裏をよぎってしまう。
けれど、さっき目撃した小山内さんの本性をそのまま正直に話すのも、なんだか彼女の悪口を言っているようで気が引けた。
「あ、あはは!えーとね、小山内さん、なんだかすごく具合が悪そうだったの! 顔色も悪かったし……だから、私が代わりにやってあげるから先に帰っていいよって、帰ってもらったんだ!」
冬弥に余計な心配をさせまいと、咲夏は手をパタパタと振りながら大慌てで即興の嘘をまくしたてた。
冬弥はそんな咲夏の焦った顔を、何かを見透かすようにしばらくの間じっと見つめていたが――やがて、ふわりと目元を和らげてクスリと笑った。
「そっか。……安達さん、ありがとな」
名前呼びの約束をしてから、彼が初めて呼んでくれた『安達さん』の響き。
怜に拒絶されてからずっと距離を置いていたからこそ、久しぶりに交わす冬弥の優しい声と眩しい笑顔が、咲夏の張り詰めていた心を一瞬で融かしていく。
夕焼けに染まる誰もいない教室で、すぐ近くに立つ大好きな人。
バカみたいに高鳴り始める心臓の音を必死に隠しながら、咲夏の止まっていた時間が、このオレンジ色の空間で再びゆっくりと動き出そうとしていた。



