夏と冬が重なれば。【完結】


とある日の放課後。

 校門へと向かう途中でスマホを教室に忘れたことに気づいた咲夏は、夕焼けに染まる廊下を急ぎ足で引き返していた。

2組の教室の前にたどり着き、開け放たれた引き戸から中を覗こうとしたその時、まだ室内に誰かが残っていることに気がつく。

(あれ、小山内さん……?)

 そこにいたのは、女子学級委員の小山内美波さんだった。 机の上に山積みにされた大量の資料を、慣れない手つきでホッチキス留めしている。

だが、何やら片手にスマホを握り、スピーカー通話で友人に向かって激しく愚痴をこぼしている真っ最中だった。

「そう!観月くんてば、バスケ部の練習があるからって全然手伝ってくんないのー!もー、これじゃ一緒に委員会になった意味ないじゃん。マジ最悪なんだけどぉ〜。私、もう学級委員やめたい〜っ!」

 いつも男子たちの前で見せている、小動物のようなふわふわとしたおっとりな様子からは、到底想像もつかない刺々しいトーン。

そのあまりのキャラ変ぶりに、咲夏は一瞬にして硬直した。
 気まずすぎる現場を目撃してしまい、スマホを取りに中へ入るべきかどうか激しく倦ねていると、小山内さんは突然スマホを制服のポケットに突っ込んだ。

「もー、私帰る! やってらんないっ!」

 苛立ちを隠そうともせず、小山内さんが勢いよく教室のドアを開ける。

至近距離でバッタリと視線がぶつかり、咲夏は「あっ、」と思わず声を上げて驚いた。

 小山内さんも一瞬だけ目を丸くして「あっ……」と言葉を詰まらせたが、すぐにいつもの清楚な仮面を貼り付けると、特に何も話さずそのまま歩き去ろうとする。

 しかし、咲夏の視界には、彼女の後ろにある教室の机の上で、中途半端に散らばった資料の山が嫌でも入ってきた。

「え、小山内さん?その資料の作業、まだ途中じゃないの……?」

 見かねて声をかけると、小山内さんは立ち止まり、ふり返ってにっこりと営業スマイルを浮かべた。

「なんか飽きちゃった!安達さん、かわりにヨロシクー!」

 悪びれもせず、それだけを言い残して、小山内さんは軽い足取りで廊下の向こうへと去っていく。

「って、えええっ!?ちょっと待ってっ!?」

 慌てて呼びかけるが、すでに廊下には彼女のパタパタとしたローファーの音しか残っていなかった。

「小山内さん、実はあんなキャラだったのか……。なんか……ちょっとショック……」

 げんなりとした溜め息をつきながら、咲夏はようやく誰もいない教室に入り、自分の机からスマホを回収した。

 そのまま帰ってしまおうかとも思ったが、教卓の前のテーブルの上に、ぐちゃぐちゃに残された資料がどうにも気になってしまう。

明日になれば、仕事に来なかった冬弥がクラスの連中から文句を言われるかもしれない。

「はぁ……もー、やるかぁ!」

 外見は派手なギャルでも、中身は責任感の強い元・陰キャだ。困っている人を放っておけない咲夏は、カバンを置いて椅子を引き、たった一人で中途半端な居残り作業を始めようと、ホッチキスに手を伸ばすのだった。