これ以上ないほどの酷い言葉を浴びせられ、咲夏が喉を詰まらせていた、その時だった。
「あれっ?なんか珍しい組み合わせじゃん。二人で何話してんの?」
中庭の入り口から、神妙な空気を丸ごと塗り替えるような、いつもの爽やかな声が響いた。
カッターシャツの袖を折り曲げた冬弥が不思議そうにこちらへ歩いてくる。
「冬弥、くん……っ」
咲夏は驚きのあまり肩を震わせた。
一瞬だけ、彼にすべてを打ち明けて助けを求めようと、その眩しい瞳を見つめる。
けれど、次の瞬間。
隣に立つ怜が、冬弥に聞こえないほどの極小の声で、咲夏の耳元へと冷酷な言葉を落とした。
「……冬弥に言ったら、ただじゃおかねぇからな」
ゾクリとするほどの威圧感。
咲夏はゴクリと喉を鳴らし、大切な親友を人質に取られたような悔しさから、怜の横顔を「最低……っ」と激しく睨みつけた。
明らかに一触即発な二人の空気感を察したのか、冬弥は眉をひそめて二人の顔を覗き込んでくる。
「え、安達さん?怜も、なんかあったの?妙にピリピリしてない?」
「……っ、ううん! なんでもないの!」
冬弥にこれ以上心配をかけたくない。
何より、彼の前で、彼が誰よりも大切にしている親友の怜を悪者にしたくはなかった。
咲夏はザワザワと波立つ胸の内を必死に押し殺し、引きつりそうになる顔に精一杯の笑顔を張り付けた。
「ちょっとここで3年生の先輩たちに絡まれちゃって……。それを、佐藤くんが上手く助けてくれたんだ」
「えっ!?安達さん、絡まれたの!?大丈夫?!怪我とかない!?」
咲夏の言葉が終わるやいなや、冬弥は顔色を変えて一歩距離を詰めてきた。
本当に自分のことのように焦り、咲夏の体に怪我がないか、真剣な目で細かく見回してくる。
その無自覚な優しさが、今の傷ついた咲夏の心には、あまりにも眩しくて痛かった。
「どーってことねぇよ。ただの口頭注意。コイツも無傷だし」
怜はポケットに手を突っ込んだまま、さも面倒くさそうにさらっと言い捨てる。
冬弥は「そっか……よかったぁ」と、ようやく安心したように胸をなでおろした。
大好きな人に嘘をついている罪悪感と、怜からの冷ややかな視線。
その二つに挟まれた咲夏は、もう一刻もこの場に居続けることができなくなっていた。
「じゃあ……知華と那智を教室で待たせてるから、私、もう戻るね」
これ以上ボロが出る前にと、抱えたジュースを落とさないように踵を返す。
その時、咲夏の背中に向かって、怜の低く、刺すような声が投げかけられた。
「安達さん。さっきの『約束の件』……宜しくね」
咲夏が振り返ると、怜は冬弥に見せるための完璧な作り笑顔を浮かべて、片手をひらひらと振っていた。
バラしたら承知しない――その無言の圧力を感じて、咲夏はびくりと肩をすくめる。
「うん……」
小さな生返事を残し、咲夏は逃げるように中庭を後にした。
背後からは、「え、何それ? さっきの件ってなんの話?」と無邪気に食い下がる冬弥の声と、「なんでもねーよ。ほら、行くぞ冬弥」と呆れたように促す怜の声が、遠ざかっていく。
腕の中に抱えた、すっかり温くなってしまった桃ソーダ。 冬弥と急接近して弾けそうだった恋心は、怜という高すぎる壁の登場によって、思いもよらない暗雲に包まれようとしていた。



