「助かったわ、安達さん。本当にありがとうね」
「ううん、先生、気にしないで!」
社会科担当の永久先生から優しくお礼を言われ、咲夏は職員室の重いドアを後にした。
無事に頼まれごとを終え、廊下を歩きながら、咲夏の脳裏にふと昨日の佐藤怜の顔がよぎる。
(……安達さんも、人のこと言えないじゃん)
「そういえば、昨日なんか変なこと言ってたなぁー……」
ぽつり、と独り言が口からこぼれた。
そもそも、一目惚れしたあの日からずっと冬弥だけを一途に見つめ続けてきた咲夏にとって、その隣にいる佐藤怜という男子は、いままでほとんど視界に入っていなかったのが事実だ。
まともに話したこともない彼が、なぜあんな意味深な言葉を投げかけてきたのか、考えても全く見当がつかなかった。
「ま、いっか! 早く二人のジュース買って戻ろ」
咲夏は頭を振って思考を切り替え、知華と那智に頼まれたドリンクを買うために中庭の自動販売機へと向かった。
しかし、中庭へ一歩足を踏み入れた瞬間、咲夏の足がピきりと止まる。
自販機のすぐ近くにあるベンチに、3年生の先輩らしき男子生徒が3人ほど、大声をあげてはしゃいでいた。
着崩した制服、派手な髪型、独特の軽いノリ。
見た目は完全にチャラい雰囲気の、咲夏からすれば一番関わりたくない、最も苦手とする人種だった。
(う、わ……。さっさと買って、急いで教室に帰ろう……っ!)
完璧に寄せ付けない雰囲気をまとい、咲夏はきゅっとお財布を握りしめた。
これ以上ないほどの早足で、真っ直ぐに自販機の前へと向かう。
当然、ベンチにいた3年生の先輩たちは、ヒラヒラとミニスカートを揺らしてやってきた綺麗な咲夏の姿を、見逃すはずがなかった。
3人の視線が一斉に咲夏へと注がれ、品定めするような、ニヤニヤとした空気へと変わる。
(無視無視無視無視……っ!)
心の中で呪文を唱えるかのように必死に言い聞かせながら、咲夏は自販機にお金を滑り込ませた。
まずは知華のいちごミルク、次に那智のブラックコーヒー。
ガシャン、ガシャンと大きな音が響くたびに、背中に突き刺さる視線がどんどん濃くなっていくのが分かる。
最後に、自分の分の『桃ソーダ』のボタンを押した、その瞬間だった。
不意に、咲夏の頭上を遮るようにして、大きな黒い影がすとんと落ちてきた。
自販機から伝わっていたひんやりとした空気の代わりに、じっとりとした、見知らぬ誰かの影がすぐ近くに迫る。
(え……っ!?)
取り出し口に手を伸ばしかけたまま、咲夏は息を呑んで硬直した。 逃げ場のない中庭の自販機前で、咲夏の心臓は、怯えたようにドクドクと音を奏で始めていた。



