自販機の前でしばらくしゃがみ込み、爆発しそうな心臓をなんとか落ち着かせた咲夏は、手にお揃いの『桃サイダー』を大事に握りしめて2組の教室へと戻ってきた。
ガラッと引き戸を開けた瞬間、窓際の席から「あ、おかえりー」と知華がのん気に手を振る。
だが、咲夏の不自然に赤い顔と、その手元にあるピンク色の缶ジュースを見つけた瞬間、知華と那智の目が一斉にハンターのようにぎらりと輝いた。
「ちょっとちょっと、咲夏……。ジュース買いに行っただけにしては、顔が熟したトマト並みに赤いんだけど?」
「それに、その手にあるの……観月がよく飲んでる桃サイダーじゃん。お前、それどこで手に入れた?」
那智がニヤニヤと意地悪く腕を組み、知華にいたっては「まさか!」と椅子から立ち上がる。
「もーっ!二人とも、席固まって一気に喋らないでよ……っ」
咲夏は慌てて自分の席に滑り込み、机の上に桃サイダーをコトッと置いた。
その瞬間、親友二人がまるで磁石に引き寄せられるように、咲夏の机の周りへと詰め寄ってくる。
「白状しなさい、咲夏!自販機の前で何があったの!?」
「観月とエンカウントしたろ。隠しても無駄だぞ、顔に出すぎ」
完全に逃げ道を塞がれた咲夏は、観念して声を極限まで潜めながら、事の顛末を話し始めた。
自販機の前で悩んでいたら冬弥に冷たい缶をほっぺに当てられたこと、唐辛子サイダーの会話で盛り上がったこと、そして「これめっちゃ美味いよ」と桃サイダーをおすすめされたこと――。「――で、『感想待ってるね』って言われて、気がついたら同じの買っちゃってて……」 そこまで一気に話し終えると、咲夏は恥ずかしさのあまり机に突っ伏した。
すると静まり返った頭上から、知華の「ひゃあああ!」という黄色い悲鳴と、那智の「うわ、あいつマジでやり手だな……」という感心の声が降ってくる。
「なにそれ!少女漫画!?ほっぺにピトッて、それ乙女ゲームでも一番スチルが綺麗に仕上がる王道のやつじゃん!!」
「しかもお前、ちゃっかりお揃い買ってんじゃねーよ。可愛すぎか」
知華が興奮のあまり咲夏の肩をブンブンと揺らし、那智も楽しそうに咲夏のピンクベージュの髪を軽く小突く。
「違うの、本当に咄嗟に同じの押しちゃっただけで……! どうしよう、次に観月くんに会ったとき、どんな顔して感想言えばいいか分かんないよぉ……っ」
机に顔を埋めたまま、咲夏は消え入りそうな声で助けを求めた。
中身は完全に恋に迷子な元・陰キャのままで続行中だ。
「そんなの簡単じゃん!『観月くんの言う通り、すっごく甘くて美味しかったよ♪』って、とびきりの笑顔で言うんだよ!」
知華が親指を立てて、完璧な攻略ルートを提示する。那智もそれに同意するように、ニカッと不敵な笑みを浮かべた。
「そうそう。感想言えってことは、次に話しかけるチャンスを向こうからくれたってことだろ。これは完全に向こうの防衛線を突破する絶好の作戦機だ。きっちり感想伝えて、次の一歩に進めろよ、咲夏」
相変わらず戦場ライクな那智の応援だったが、二人のまっすぐな言葉に、咲夏はゆっくりと机から顔を上げた。
机の上の桃サイダーには、まだうっすらと冷たい水滴がついている。
(感想……ちゃんと、伝えなきゃ。観月くんがくれた、せっかくのチャンスだもんね)
胸の奥で微炭酸のような小さなときめきがシュワシュワと弾ける。
親友二人の頼もしいバックアップを受けながら、咲夏は自分の手の中にあるピンク色の缶を愛おしそうに見つめ、次への勇気を静かにかき集めるのだった。



