夏と冬が重なれば。


体育館の壁の陰、至近距離で重なる二つの影。

咲夏は自分のうるさい心臓の音を必死に抑えながら、心の中でそっと苦笑いを浮かべた。

(っていうか……観月くんも一緒に見ていくんだ……)

 そんな咲夏の戸惑いを余所に、体育館裏では知華の一世一代のアタックが佳境を迎えていた。

 知華はぎゅっと目をつぶり、まっすぐな声を朔先輩へとぶつける。

「まずは……友達からでいいので、お願いしますっ!」

 呼び出された朔先輩は一瞬驚いたように目を丸くし、それから「参ったな」というように、少し照れくさそうに首の後ろをかいた。

けれど、すぐにその端正な顔に優しい笑みが戻る。

「えっと…知華ちゃん、だよね?俺、こんなに体がデカいだけのバスケバカだけど……本当にいいの?」

 少し耳を赤くして放たれた先輩の言葉に、知華は瞳をうるうるさせながら、これ以上ないほど元気に頷いた。

「はいっ!朔先輩は、私の憧れなんです!!宜しくお願いしますっ!」

 夕暮れ時の体育館裏に、なんとも言えない甘酸っぱくて、温かい空気が満ちていく。

壁の陰から覗いていた咲夏は、胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。

(あれ……?もしかしてこれって……アリよりのアリなんじゃ……っ!?)

 期待に胸を膨らませていると、二人がお互いのスマホを取り出し、嬉しそうに連絡先を交換し始めるのが見えた。

 やった――!

 咲夏は知華にバレないよう、胸の高さで小さくガッツポーズを作る。

「おー……」

 隣にいた冬弥も、少し驚いたようにその様子を興味津々で見つめていた。

そして、嬉しさを爆発させている咲夏の方をちらりと振り返ると、目元をふにゃりと和らげる。

「へぇ、やったじゃん。安達さんの応援のおかげじゃね? 優しいのな」

「えっ……!?」

 不意に、すぐ近くで囁かれた優しい声。

さらに、冬弥からサラリと紡がれた「優しいのな」という言葉に、咲夏は心臓を大きく撃ち抜かれた。

「あ、あはは、そうかな……っ。ええと、観月くんも、内緒にして協力してくれてありがとう」

 赤くなる顔をごまかすように、慌てて小さく頭を下げる。
 冬弥はそんな咲夏の様子がツボに入ったのか、またクスクスとおかしそうに笑った。

「いーえ。じゃ、俺もう部活戻るわ。お疲れっ」

 言いながら、冬弥は左手をごく自然に咲夏の頭へと伸ばした。

 ふわり、と大きな手のひらが、丁寧にピンクベージュに染められた咲夏の髪を、少しだけ優しく撫でる。

 ――ぽん。

「……え?」

 あまりにもナチュラルで、あまりにも破壊的なスキンシップ。

 冬弥は二カッと太陽のように笑うと、そのまま長い足を動かして、あっという間に体育館の中へと去っていった。

 残された咲夏は、夕焼け空の下で、完全に石のように固まって立ち尽くしていた。

(って、ええええええええっ!?!?ぽん!?今、頭ぽんんんされた!?!?)

 これが、高校生になってからの、観月冬弥との実質的な初めての会話。

 その余韻が凄まじすぎて、咲夏の脳内は過去最大級の爆発を起こしていた。

「咲夏ーーーっ!!」

 しばらくして、放心状態の咲夏のもとへ、知華がるんるんのスキップで駆け寄ってきた。

その顔はこれ以上ないほど輝いている。

「聞いて!私、朔先輩と連絡先交換しちゃったぁぁ!!」

「えっ、あ、うん……!よかったね、知華……っ!」

 親友の歴史的快挙を心から祝福しつつも、咲夏の頭のてっぺんは、冬弥の触れた温かさでいつまでも熱を持ったままだった。


ギャルとしての新学期。二人の距離は、この放課後を境に、音を立てて近づき始めていた。


窓から差し込む春の光のなか、咲夏は一年前の昼休みを思い出しながら、少しだけ切ない気持ちで、賑やかな教室の自分の席へと意識を引き戻すのだった。