「――って、えええっ!?」
咲夏は驚きのあまり、危うく大声を上げそうになって自分の口を両手で塞いだ。
振り返ったすぐ目の前には、至近距離でこちらを見つめる冬弥の姿がある。
(み、観月くんんん!? っていうか私の名前、本当にちゃんと覚えててくれたの!? 嘘、めちゃくちゃ嬉しいんだけど……いやでも待って、この状況はいろいろマズいよっ! 情報量が多すぎて頭が追いつかないんだけどぉ!!)
脳内がパニックの嵐に見舞われ、咲夏は借りてきた猫のようにカチコチに固まってしまう。
しかし、冬弥はそんな咲夏の激しい内心の葛藤には気づく様子もなく、ふっと目元を和らげて少し悪戯っぽく笑った。
「あれ? 安達さんで、合ってる……よね?」
どこまでも爽やかさを更新してくるその笑顔に、咲夏の限界メーターは早くも突破寸前だった。
「えっ!?あ、あぁ、うん!そうですっ!安達咲夏ですっ!」
「はは、なんで敬語?同じ学年なんだから、普通に話してよ」
目が回りそうな勢いでペコペコと頭を下げる咲夏がおかしいのか、冬弥は「くくっ」と楽しそうに肩を揺らした。
好きな人が目の前にいる。
それだけで心臓がうるさいくらいに跳ね回っているが、今はまず、人生を賭けてアタックしている大親友の応援が最優先だ。
咲夏は知華と朔先輩に自分たちの存在がバレないよう、慌てて口元に人差し指をピッとあてた。
「ごめん、観月くんっ……!今、ちょっといいところなのっ!だからお願い、内緒にしてくれないかなっ!?」
蚊の鳴くような小声で必死に頼み込む。
すると冬弥は、眉をひょいと上げて不思議そうに目を細めた。
「えー? 何々ー?」
好奇心を刺激されたのか、冬弥が体育館の壁からひょっこりと頭を出して、そーっと裏側を覗き込もうとする。
「あっ、ちょっとっ!ダメだってば!今、知華ががんばってるのっ!」
焦った咲夏は、咄嗟に手を伸ばし、冬弥の体操服の袖をぎゅっと掴んで引き戻した。
その瞬間、自分の行動の重大さに気づいて、咲夏の全身の血の気が一気に引いていく。
(きゃーっ!うそ、私、思わず観月くんの服掴んじゃった……っ!)
触れてしまった。どうしよう、怒られるだろうか。
咲夏がさらにパニックを上乗せしていると、冬弥がちらりと咲夏の手元へ視線を落とし、それからゆっくりと顔を戻した。
その口元には、すべてを察したような優しいニヤリとした笑みが浮かんでいる。
「あぁ……なるほどね。そういうこと」
「そうなの……っ。今、絶賛応援中なのっ。だから……」
咲夏が消え入りそうな声で訴えかけると、冬弥は「わかったよ」と、咲夏の真似をするように自分の薄い唇の前で人差し指をスッと立てた。
夕暮れ時の光に照らされた、その端正な横顔と綺麗な指先。
ただの『しーっ』という仕草のはずなのに、彼が行うだけで完璧に絵になっていて、咲夏の心臓はトクン、トクンと、これまでで一番大きな波紋を広げていく。



