光の中で〜あなたの隣に立つ日まで〜

休日の駅ビルは、いつもより人が多かった。

吹き抜けから差し込む午後の光が、白い床にやわらかく反射している。カフェの前には席を待つ人の列ができ、書店の一角にはコーヒーの香りが漂っていた。

綾瀬美月は、その人混みの中を、特に目的もなく歩いていた。

久しぶりの休日だった。

欲しい本があるわけでも、誰かと待ち合わせをしているわけでもない。
ただ、家にいると結局、病棟のことを考えてしまう気がして外に出た。

今日は何も考えない。

患者さんの食事摂取量も、明日の点滴更新時間も、退院指導の資料も。
後輩に言い忘れたことも、医師へ確認しなければならない指示も。

考えない。

そう決めていたのに、気づけば足は医学書の棚の前で止まっていた。

「……結局、見るんだ」

小さく呟いて、美月は苦笑した。

大学病院の内科病棟で働き始めて四年目。
新人と呼ばれる時期は過ぎ、今ではプリセプターも任されている。

後輩に教える立場になったからといって、自分に余裕ができたわけではない。

むしろ、前よりも見なければならないものが増えた。

患者の変化。
医師の指示。
検査の予定。
退院後の生活。
後輩の迷い。
家族の不安。

気づけばいつも、何かを見落としていないか考えている。

休日くらい、仕事から離れたい。
そう思うのに、離れきれない。

それが少し悔しくて、少しだけ誇らしくもあった。

美月は棚から一冊を抜きかけ、途中で手を止めた。

今日はやめよう。

そう思って本を戻した、その時だった。

数メートル先で、何かが崩れるような音がした。

本が落ちた音にしては重い。
椅子が倒れた音とも違う。

美月は反射的に振り向いた。

男性が、床に倒れていた。

その瞬間、周囲の空気が変わった。

さっきまで流れていた休日のざわめきが、一拍遅れて、別のざわめきに変わる。

「え、何?」
「倒れた?」
「大丈夫ですか?」
「誰か、店員さん呼んで」

近づこうとする人。
半歩だけ足を出して止まる人。
スマホを持ったまま固まる人。
子どもの手を引いて距離を取る人。

誰かが動かなければならない。

そう思うより先に、美月は手に持っていた本を近くの台に置き、買い物袋を足元へ下ろしていた。

その瞬間、美月の休日は終わった。

看護師としての身体が、先に動いていた。