わが家にやってきた、ヘンテコなロボット。朝早くから楽しそうに朝食を作っていた。
「おは…よ」
「オハヨウゴザイマス!」
いつ見ても、人間と見間違うほど、精巧なロボット。見た目は20代後半の男性。透明な瞳に、サラサラな髪なのにどこかミステリアスなオーラ。
台所でフレンチトーストを作る〝彼〟の横顔を、零はまじまじと見た。
(どこかで見たことあるような…ないような?…)
「零サマ?」
「あ、いや⋯」
「何カアリマシタ?」
「う、ううん!机拭いてくるね!」
そう言って、そばにあったウェットティッシュを掴み、リビングへ逃げるように走って消えていく。ロボットはポカンとした表情のまま、調理再開した。
陽の光が差し込むリビングで、朝食を食べる。
「お、おいしい……」
「ヨカッタ!」
本日のメニューは、コーヒーとサラダにフレンチトースト。デザートにプリンが付いていた。サラダには、お手製ののドレッシングがかけてある。
「酸っぱいけど、コクがある。いいね、コレ!」
「ウレシイデス……」
次にフレンチトースト。口に入れれば、ふわふわの食感が広がる。トーストの甘さと、コーヒーの苦味がマッチしていてとても良い。
「良い甘さ!これ好きかも!」
「フフフ……」
美味しそうに朝食を食べる主人を、温かいまなざしで見つめるロボ。自然と二人に笑みがこぼれた。
食べ終えた零は、ソファに寝転がりスマホの画面を開く。すると、表示されている日付にあることを思い出した。
「あ!シフト入れてたんだった!」
今日はバイトの日だった。正直、気が重い。
本当は、部屋の片づけを行う予定だったのに……。
(でもバイト休むわけにはいかないし……)
背に腹は代えられない、と零はロボのいる台所に向かって歩き出す。
緊張しているのか、冷や汗をかきながら弱々しく口を開いた。
「掃除して‥もら‥え、る?」
「カシコマリマシタ!」
早速クローゼットを開け、「エプロン、エプロン‥」と中を漁るロボ。
エプロン着て、部屋の換気をする。
「あ…もしよければ、家全体の掃除もしてほしいかも…」
「オマカセクダサイ!」
(助かる……!)
ご心配なく!というような余裕のある表情のロボット。安心した零は自分の部屋に戻り、バイトの支度を始めた。
支度を終わらせ、玄関で靴を履く彼女にロボが声をかける。
「オ気ヲツケテ」
「い、行ってきまーす!」
誰かに玄関で見送られることは、数年ぶり。顔を赤らめたまま、零はバイト先へ向かった。
アパートに取り残されたロボットは、早速、零の掃除に取り掛かった。
窓を開けて換気をし、家の全体図を把握するために、スキャンを開始した。
ついでに、零の部屋の状況も確認する。
「データを収集中…大量のホコリを
確認……服が8割‥」
状況を把握したロボット。かなりの散らかり具合だ。零は干物少女なので、床に服が散らばっていても全く気にしない。
彼女の言う〝掃除〟は、床に落ちている服を畳んでしまうだけ。
これにはモテないのも頷けてしまう。
「はじめに衣服の回収」
零の干物っぷりは、中々のものだ。そこらにに散らばるズボンやスカート。
いつ着たか分からないヨレヨレのシャツ。
ロボットはそれらを黙々と回収していく。
「右腕を変形…
掃除機モードに切り替えます」
しばらくして、腕が数秒でパイプ型に変形した。それをホコリが多い箇所にかざした。すると、ウィイイーン!!と、音を立てて、ホコリが勢いよく吸われていく……。
一方の零は、バイト先でてんやわんや状態。バイト先は猫カフェのバイト。猫が言うことを聞かないのでとても困っていた。自由な生き物は天真爛漫。
「あ、ボウル倒した!!!!」
零は最近このバイトを始めたので、猫に舐められていた。まるで新人をいびるお局様。だが、零は負けん気な女。たかが可愛いお《《局猫様》》にひるむつもりは全くない。
新人VSお猫様の戦い。結果は‥
「ニャー!!(勝ったぜ)」
数では勝てなかったようだ。疲れ果てた敵を挑発するように足元をうろつく猫達。それを隠れながら、微笑ましく眺める店長。
(仲がいいね、君たちは)
お客様のいない時間は、スタッフを舐めている猫と、やる気だけはピカイチな新人。相性は良さそうだ、そう思いながら店長は安心して仕事に戻っていった。
「つ、疲れた…」
お客様が来ない隙に、猫達を家に戻す作業をしていたのだが、寄ると逃げるので追いかけたり、猫が水入れのボウルが倒したので、片づけをしているうちにクタクタになった。
幽霊だと言われても頷けるほど血色が悪い顔。体も心もボロボロの状態だ。
やっとアパートに着いた。カバンから鍵を取り出そうとしていたその時、「零サマ!オカエリナサイ!」と扉の向こうで大きい声が響いた。
カタコトな低音声。おそらく足音で何故零だと分かったのだろう‥。犬並みの聴力なのは間違いない。
扉が開き、ロボットが優しく出迎える。
「あ、ありがとう…」
疲れすぎていてツッコミできない。礼を言うだけで精一杯だった。
「オツカレデスヨネ?ドウゾ」
そう言って、ロボットは零を風呂場に連行し、
オハイリクタサイ、と言い残しばたんと脱衣所の扉を閉めた。
扉の向こうには、普段掃除しない壁や鏡、イスが新品かと思うほどにキレイになっていた。湯舟にはもちろん、温かいお湯が溜まっている。
(ごめんなさい…)
身体を洗いながら零は想像する。バイト中に全てロボがが掃除してくれたのか、と強い罪悪感が湧いてきた。
頭の中にある人物が浮かび上がった。
(すごいな…お母さん‥)
零が家を出るまで、家事を毎日こなしていた彼女がいかに偉大だったかが分かった。朝から晩まで家事に追われながらも、笑顔を絶やさなかった母。
〝家事はできていたほうが良い〟
常に母親が自分にに言い聞かせていた言葉だ。
それを今、しっかり理解した。
《結婚してからやればいい。》《簡単!簡単!》と、正直舐めていた。
なんせ、全て母親が行っていたのだから。私も出来ると信じていた。
いざ、一人暮らしが始まると上手くいかないもの。時間や何かしらに追われ、細かなことが後回しになってしまう。
その積み重ねが原因となり、今の環境を生み出してしまったのだ。
そうっと湯船に浸かる。お湯が疲れた体にじんわりと染み渡った。ふぅ…と、息がが自然に漏れる。体全体が温まっていく。極楽、極楽。
「あの人?に、お礼言わなきゃ…!!」
20分ほど湯船に浸かった。時計を確認して、風呂場を出た。零は決して長風呂はしないため、風呂から上がるのはとても早い。
雑にタオルで髪を乱暴に拭き、身体がやや濡れた状態のまま、服を着始めた。もちろん、一切零は罪悪感を感じていない。
「零サマ…」
食卓でロボットは食事の準備を進めていた。テーブルを拭き、出来上がった料理を皿に盛りつけていた。
シュシュシュ!と、人とは思えない動きで支度をするロボット。食卓に全て揃っていく。
「完了」
しばらくして、廊下から足音が聞こえた。扉がゆっくりと開く。
「ふ、風呂ありがとう…気持ち良かった」
頭にタオルが乗った零。湯上がりのためか、言葉がふわふわしていた。
「ヨカッタ‥」と、微笑むロボット。
早速、椅子に座り、机の上に置かれた料理を眺めた。
餃子の香ばし匂いが漂ってくる。
「良い焼き色の餃子!」
「サメナイウチニドウゾ!」
そう言われて、「いただきます!」と、両手を合わせた。箸で餃子を掴み、タレを付けて頂く。しっかりと餃子にタレを染み込ませた。
口に含むと、タレとモチモチの生地と具材が混ざり、食欲を増進させる。具材のハーモニーが素晴らしい。ニラとにんにく、ひき肉などをまぜて生地にくるんで焼いただけの料理。なのに美味い。ずるいよ餃子。
「うーん!美味しい!」
思わず声が出た。当たり前だが、ご飯との相性も抜群。
笑顔で夢中に食べる零を、ロボットは嬉しそうに見つめた。
「イカガデスカ?」
「すっごく美味しいよ!」
緊張など忘れ、元気に応える。
「良カッタ!」と、ロボットもご満悦だ。
食器を片付けた後、リビングで一人くつろぐ零。いつの間にか、ロボットに対しての緊張は消えていた。
「ありがと!ホント助かった」
「オヤクニタテラレテ本望デス」
「ねぇ お礼させてよ」
「オレイ…!?」
突然の提案に動揺するロボ。
彼が仕事をしてくれた分、何か恩返しがしたいと思っただけなのだ。
「何かない?」
そう言った途端、ロボットの目が光った。
「イヤシがホシイデス」
癒し‥?何を癒すのだろう…?
とりあえず聞いてみる。
「どんなことしてほしい?」
「コレヲキテクダサイ!」
恥ずかしそうな顔をして何かを取り出したロボ。出てきたのは白衣。
博士が着るような、どこかのロゴが入ったそれを…。
「着るの?」
「ハイ…」
まるで恋愛ドラマで告白を試みる男子だ。顔が良いためドラマかと思ってしまう。とりあえず着てみよう。不思議な気持ちで白衣を着た。
「スバラシイ!零サマ!」
カメラで零を撮影するロボット。
使っているのは、何故かインスタントのカメラ。
「うぅ‥恥ずかしい」
特別顔も体つきも良いわけではないのに、上から下までカメラで撮られている。一気に体温がぐっと上がった気がした。
「コッチミテ!零サマ!」
言われるがまま、ポーズを変える。会場はコスプレの撮影会のような盛り上がりだ。モデルの彼女は溜まったものではない。
(早く終われ……‼)
「トテモイイデス!ステキデス!」
零の白衣姿がよほど気に入った様子。
容赦なく前も後ろも撮影した。
(やっぱり変なロボ…)
撮影会は寝る時間になるまで行われたのであった…。
