君と最後のメロディを

放課後の音楽室。

夕日が窓から差し込み、オレンジ色の光がピアノを照らしていた。

碧唯は一人、鍵盤の前に座っている。

「……うーん。」

何度も同じメロディを弾いては、首をかしげる。

机の上には、書きかけの歌詞ノート。

消した跡。

書き直した言葉。

何時間も悩んだ証だった。

「……誰かを幸せにする曲って、難しいな。」

小さくつぶやく。

その時。

「また悩んでる。」

後ろから声がした。

「翠?」

振り返ると、翠がドアにもたれて笑っていた。

「いつからいたの?」

「五分前。」

「声かけてよ。」

「真剣な顔してたから。」

翠は碧唯の隣に座る。

「新しい曲?」

「うん。」

碧唯はノートを見せた。

そこには、一つのタイトルが書かれていた。

『君が笑うまで』

「……。」

翠は静かに歌詞を読む。

「これ、誰に向けた曲?」

碧唯は少し考える。

「分からない。」

「でも。」

鍵盤に指を置く。

「誰かがつらい時に、この曲を聴いて少しでも笑えたらいいなって。」

翠は優しく笑った。

「やっぱり碧唯だ。」

「え?」

「自分より、誰かのこと考えてる。」

碧唯は照れたように目をそらす。

「そんな大したことじゃないよ。」

「大したことだよ。」

翠はまっすぐ言った。

「俺は、そういう碧唯が好き。」

「……。」

一瞬、音楽室が静かになる。

「……またそういうこと言う。」

碧唯は顔を赤くしてピアノに向き直った。

翠は楽しそうに笑う。

「本当のことだから。」



そして、碧唯は弾き始めた。

最初は小さな音。

でも、少しずつ広がっていく。

優しいメロディ。

誰かを包み込むような音。

翠は何も言わず、ただ聴いていた。

曲が終わる。

「どう?」

碧唯が不安そうに聞く。

翠は少しだけ間を置いて――

「……最高。」

「それだけ?」

「うん。」

「もっと感想ないの?」

翠は笑う。

「言葉にできないくらい、好き。」

碧唯は思わず笑った。

「大げさ。」

「大げさじゃない。」

翠は窓の外を見る。

夕焼けの空。

「この曲、きっと誰かを救うよ。」

碧唯はピアノの鍵盤にそっと触れる。

「本当に?」

「うん。」

「俺が保証する。」

その日、碧唯が作った曲は――

まだ誰にも知られていない、小さなメロディだった。

でもいつか。

たくさんの人の心に残る、大切な一曲になる。

二人だけが知っている、始まりの歌だった。