君と最後のメロディを

碧唯が旅立ってから、一年。

春。

桜がゆっくりと舞っていた。

翠は、あの日と同じように一冊の楽譜を抱えて歩いていた。

向かった先は——

二人が初めて出会った高校の音楽室。

ガラガラ……。

扉を開けると、懐かしいピアノが静かに置かれていた。

「久しぶり。」

翠は小さく笑う。

ピアノの上には、一枚の写真。

文化祭の日に撮った、笑顔の二人だった。

翠は写真を優しくなでる。

「碧唯。」

「俺、約束守ってるよ。」

机の上には、たくさんの楽譜。

『君と過ごす時間』

『ありがとう』

『生きたい』

そして、新しい一曲。

タイトルは——

『君が遺したメロディ』

「これは。」

「俺から碧唯への返事。」

翠は静かにピアノへ向かう。

ゆっくりと鍵盤に手を置いた。

優しいメロディが音楽室いっぱいに響く。

弾き終わると、静かな拍手が聞こえた。

振り返ると、音楽室の入口には数人の後輩たちが立っていた。

「先輩……。」

「この曲、すごくきれいでした。」

「誰が作ったんですか?」

翠は少しだけ空を見上げて笑った。

「世界で一番、大切な人だよ。」

「その人が夢をくれた。」

「だから俺は、その夢を届け続けてる。」

後輩たちは静かにうなずいた。



数年後。

翠は、碧唯の曲を多くのアーティストへ届ける音楽プロデューサーになっていた。

デスクの上には、今でも一冊のノートが置いてある。

ページを開くと、そこには碧唯の字。

『生きることは、一人で頑張ることじゃない。誰かの手を握って、明日へ歩いていくこと。』

翠はその文字を見つめ、優しく微笑む。

「碧唯。」

「今日も一曲、誰かに届いたよ。」

窓から風が吹き、ノートのページがふわりとめくれる。

まるで碧唯が「よく頑張ったね」と笑ってくれたようだった。

翠は空を見上げる。

澄みきった青空。

あの日と同じ、優しい光。

「ありがとう。」

「君に出会えて、本当によかった。」

その瞬間、風に乗って、どこからか聞き慣れた歌声が聞こえた気がした。

それはきっと、碧唯が最後に残した歌。

たくさんの人の心で生き続ける——

“君と最後のメロディ”。