君と最後のメロディを

翌朝。

翠は学校の教室にいた。

先生の声は聞こえているはずなのに、どこか遠く感じる。

昨日、病室で笑っていた碧唯の顔が頭から離れなかった。

その時——。

ブルルル……。

机の中でスマートフォンが震えた。

画面を見る。

『松宮 碧唯のお母さん』

「……!」

嫌な予感が胸をよぎる。

「先生、すみません。」

教室を飛び出し、廊下で電話に出た。

「もしもし!」

電話の向こうから聞こえたのは、震えた声だった。

『……翠くん。』

『ごめんね、急に。』

「碧唯は!?」

少しの沈黙。

その沈黙が、何よりも怖かった。

『今朝から……目を覚まさないの。』

翠の手から力が抜けそうになる。

「え……。」

『先生から……。』

『家族を呼んでくださいって言われた。』

『……もう、最後の時間になるかもしれないって。』

その言葉を聞いた瞬間。

スマートフォンを握る手が震えた。

「そんな……。」

昨日まで笑っていた。

昨日まで「またね」って言った。

昨日まで手を握ってくれた。

「嘘だ……。」

『翠くん。』

『碧唯は、あなたを待ってる。』

『お願い……来てあげて。』

「……はい。」

声にならない返事だった。

電話を切ると同時に、翠は走り出した。



駅まで全力で駆ける。

息が切れても止まらない。

涙で前がにじんでも走り続ける。

「待ってて……。」

「碧唯。」

「お願いだから。」

「まだ行かないで。」

電車の中でも、何度も何度も祈った。

二人で作った曲。

初めて手をつないだ日。

「俺が碧唯の手になる。」

そう約束した日。

すべての思い出が、頭の中を駆け巡る。

「約束したじゃん……。」

「ずっと一緒にいるって。」

病院へ向かう翠の頬を、大粒の涙が止めどなく流れ落ちた。

病院では、碧唯が静かに眠り続けていた。

その耳にはまだ届いていない。

翠が、必死に会いに向かっていることを。

そして二人の「最後の時間」が、静かに始まろうとしていた。