君と最後のメロディを

朝。

病室には、柔らかな朝日が差し込んでいた。

碧唯は静かに目を開ける。

「……翠。」

小さな声。

すぐに翠が顔を上げた。

「おはよう。」

「今日も隣にいるよ。」

碧唯は安心したように微笑む。

「よかった……。」

その笑顔は、とても穏やかだった。



担当医が病室へ入る。

碧唯の様子を確認し、優しく声をかける。

「今日はご家族や大切な方と、ゆっくり過ごしてください。」

その言葉だけで、翠はすべてを悟った。

今日という一日が、どれほど大切なのか。



昼過ぎ。

病室には、碧唯のお父さん、お母さん、親友たちも集まった。

みんなが順番に碧唯へ話しかける。

「また曲、聴かせてね。」

「ずっと応援してるから。」

碧唯は少しだけ笑って、静かにうなずいた。

言葉は少なくても、その笑顔だけで気持ちは伝わっていた。

夕方になると、家族は翠にそっと言った。

「少しだけ……二人の時間を過ごしてきて。」

病室には、翠と碧唯だけになった。



「翠。」

「ん?」

「手……貸して。」

翠はそっと碧唯の手を握る。

以前よりも細く、小さくなったその手。

でも、その温もりは初めて手をつないだ日と同じだった。

「覚えてる?」

碧唯が小さく笑う。

「初めて音楽室で会った日。」

「もちろん。」

「ピアノ弾いてる碧唯を見て、一目惚れした。」

「ふふっ。」

碧唯は少し照れながら笑う。

「知ってた。」

「え?」

「翠、すぐ顔に出るもん。」

二人は小さく笑い合った。

しばらく沈黙が流れる。

その静かな時間さえ、二人には愛おしかった。

「翠。」

「私ね。」

「幸せだった。」

「病気は苦しかった。」

「いっぱい泣いた。」

「でも。」

「あなたと出会えたから。」

「私は世界で一番幸せだった。」

翠は涙をこらえきれなかった。

「そんなこと言うなよ……。」

「まだ、一緒にいたい。」

「まだ、笑ってほしい。」

碧唯はゆっくりと首を振る。

「泣いてもいいよ。」

「でもね。」

「いつか笑って。」

「私の曲を聴いて。」

「『碧唯らしいな』って笑って。」

翠は何度もうなずいた。

「約束する。」

「これからも。」

「毎年、君の曲を聴く。」

「ずっと忘れない。」

碧唯は安心したように目を閉じる。

「……ありがとう。」

「大好き。」

翠は震える声で答えた。

「俺も。」

「世界で一番、愛してる。」

その言葉に、碧唯は最後の力を振り絞るように微笑んだ。

窓の外では、雪が静かに舞っている。

夕日が病室を優しく包み込む。

翠は碧唯の手を握ったまま、そっと額を寄せた。

「また明日も来るから。」

「だから、ゆっくり休んで。」

碧唯は小さくうなずく。

静かな病室に流れるのは、心電図の音と、二人の穏やかな呼吸だけ。

その時間は、かけがえのない「最後の時間」となっていた。