君と最後のメロディを

雪が降り始めてから、数日後。

碧唯の容体は、急に変化した。

朝になっても、自分の力で起き上がることができない。

腕を動かそうとしても、思うように上がらない。

足にも、ほとんど力が入らなかった。

話すだけで息が切れ、長い言葉を続けることも難しくなっていた。



病室。

「碧唯、おはよう。」

翠はいつものように笑顔で病室へ入る。

しかし、その笑顔はすぐに消えた。

ベッドの上の碧唯は、ほとんど動くことができず、静かに窓の外を見つめていた。

「……翠。」

かすれた声。

「来てくれた。」

「当たり前だろ。」

翠はベッドのそばに椅子を寄せ、そっと碧唯の手を包んだ。

以前より細くなった手。

それでも、その温もりは確かにあった。

「今日は調子どう?」

碧唯は小さく首を横に振る。

「体が……言うことを聞かない。」

「ごめんね。」

「また『ごめん』。」

翠は少し困ったように笑う。

「その言葉は禁止って約束しただろ。」

碧唯は弱々しく笑った。

「……そうだったね。」



午後。

担当医が病室を訪れた。

「今日は無理をせず、しっかり休みましょう。」

碧唯は静かにうなずく。

医師が部屋を出たあと、病室は再び静かになった。

「翠。」

「ん?」

「お願いがあるの。」

「何?」

「今日は……最後まで聞いて。」

翠は少し驚きながらもうなずいた。

「もちろん。」

碧唯はゆっくりと息を整え、一つひとつ言葉を紡いでいく。

「私ね。」

「病気になった時は……どうして私なんだろうって思った。」

「夢も、音楽も、全部なくなるって怖かった。」

「でも。」

碧唯は翠を見つめ、優しく笑う。

「あなたがいたから。」

「私は最後まで夢を諦めなかった。」

翠は黙って耳を傾ける。

「手が動かなくなった時。」

「『俺が碧唯の手になる』って言ってくれた。」

「歩けなくなった時。」

「『俺が足になる』って言ってくれた。」

「泣いた日も。」

「笑えなくなった日も。」

「ずっと隣にいてくれた。」

涙が一筋、碧唯の頬を伝う。

「ありがとう。」

「私を、一人にしないでくれて。」

翠も涙をこらえきれなかった。

「そんなこと……。」

「俺の方こそ。」

「碧唯に出会えて、本当に幸せだった。」

碧唯はゆっくり目を閉じる。

「もし……。」

「私が歌えなくなっても。」

「曲は、誰かの心で生き続けるよね。」

「もちろん。」

翠は力強く答えた。

「碧唯の音楽は、これからもずっと生き続ける。」

碧唯は安心したように微笑んだ。

「よかった。」

その夜、碧唯は看護師さんに手伝ってもらい最後の動画を撮った

碧唯は、窓の外に舞う雪を静かに見つめた。

胸の中には、悲しみだけではなかった。

夢を叶えられたこと。

大切な人に出会えたこと。

心から「ありがとう」と伝えられたこと。

その温かな思いを抱きながら、碧唯は静かに目を閉じた。

明日は、また新しい朝が来る。

その朝を迎えるために、碧唯は穏やかに体を休めた。