君と最後のメロディを

病室の前。

赤く点いた処置中のランプを、翠はただ見つめていた。

時計の針だけが、ゆっくりと進んでいく。

「お願いだ……。」

その願いが届いたのか。

数十分後、病室のドアが静かに開いた。

担当医が出てくる。

「岬さん。」

翠は立ち上がった。

「碧唯は……?」

医師は静かに答えた。

「容体は落ち着きました。」

その一言に、翠は大きく息をついた。

「ただし、今後はこれまで以上に安静が必要です。」

「体力の消耗も大きくなっています。」

「無理をすれば、また同じことが起こる可能性があります。」

翠は真剣な表情でうなずいた。

「分かりました。」



病室。

碧唯は静かに眠っていた。

しばらくして、ゆっくりと目を開ける。

「……翠?」

「いるよ。」

翠はすぐに笑顔を見せた。

「おかえり。」

碧唯は安心したように微笑む。

「ごめんね。」

「また心配かけちゃった。」

「違う。」

翠は首を振る。

「『おかえり』って言わせて。」

「それだけで十分だから。」

碧唯の目に涙が浮かぶ。

「……ただいま。」

その一言だけで、翠も涙ぐんだ。



夕方。

翠はカバンから、あのノートを取り出した。

最後のページには、未完成の楽譜。

「碧唯。」

「続きを書こう。」

碧唯は寂しそうに笑う。

「今日は……歌えないや。」

「息が続かなくて。」

「いい。」

翠はノートを閉じた。

「今日は作らない。」

「え?」

「約束を変えよう。」

碧唯は不思議そうに翠を見る。

「曲を完成させることより。」

「碧唯が笑ってることの方が大事。」

「だから、急がない。」

「一年かかっても。」

「十年かかっても。」

「俺は待つ。」

碧唯は静かに首を横に振る。

「……そんなに待たせられないよ。」

翠は優しく笑った。

「待つのは得意だから。」

「昔から、碧唯が宿題終わるのも待ってたし。」

「部活終わるのも待ってた。」

「今度は曲が完成する日を待つだけ。」

碧唯は思わず笑った。

「……ふふ。」

その笑顔を見た翠も笑う。

「やっと笑った。」

「うん。」

「やっぱり、翠には勝てない。」



窓の外では、夕焼けが空を染めていた。

碧唯は小さな声でつぶやく。

「ねぇ、翠。」

「ん?」

「この曲の最後。」

「決まった。」

翠は急いでノートを開く。

「教えて。」

碧唯は目を閉じ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「『生きることは、一人で頑張ることじゃない。誰かの手を握って、明日へ歩いていくこと。』」

翠はその一文を大切に書き留めた。

未完成だったメロディに、ようやく最後の言葉が刻まれた。