君と最後のメロディを

最終審査当日。

まだ朝早い東京駅。

翠は車椅子をゆっくり押しながら歩いていた。

「大丈夫?」

「……ちょっと緊張。」

碧唯は小さく笑う。

「手、冷たい。」

「そりゃ緊張するよ。」

「人生で一番大事な日かもしれないもん。」

翠は車椅子の前にしゃがみ、碧唯の手をそっと包んだ。

「でも。」

「今日は一人じゃない。」

「俺がいる。」

碧唯は安心したようにうなずいた。

「ありがとう。」

⸻

審査会場。

全国から集まった応募者たちが、それぞれ最後の準備をしていた。

碧唯は控室で深呼吸を繰り返す。

「松宮碧唯さん。」

スタッフが名前を呼ぶ。

「まもなく本番です。」

「……はい。」

立ち上がろうとした瞬間、足に力が入らない。

翠は何も言わず、車椅子を押してステージ袖まで連れて行った。

「碧唯。」

「ん?」

「客席を見なくていい。」

「審査員も見なくていい。」

「俺だけ見て。」

碧唯は笑った。

「うん。」

「それなら歌える。」

⸻

ステージ。

スポットライトが碧唯を照らす。

会場は静まり返っていた。

「それでは。」

「松宮碧唯さん。」

「オリジナル曲『君と過ごす時間』。」

翠は舞台袖でピアノの前に座る。

碧唯と目が合う。

小さくうなずき合う。

そして。

最初の一音が響いた。

優しいピアノ。

ゆっくりと始まるメロディ。

碧唯は目を閉じ、歌い始めた。

病気になって。

夢を諦めそうになって。

何度も泣いて。

何度も立ち止まった。

それでも。

隣には翠がいた。

だから、この歌がある。

だから、この声がある。

会場は静まり返り、誰もが碧唯の歌に耳を傾けていた。

曲が終わる。

一瞬の静寂。

そして――

大きな拍手が会場を包んだ。

審査員の一人が、静かに涙をぬぐっていた。

⸻

控室。

「お疲れ。」

翠が笑顔で迎える。

碧唯は目を真っ赤にしながら笑った。

「最後まで歌えた。」

「うん。」

「最高だった。」

「ほんと?」

「世界で一番。」

碧唯は涙ぐみながら笑う。

「翠のおかげ。」

「違う。」

翠は首を振る。

「碧唯が諦めなかったからだ。」

その時。

スタッフが控室へ入ってきた。

「松宮さん。」

「審査員の皆さまが、少しお話ししたいそうです。」

「……私?」

「はい。」

碧唯と翠は顔を見合わせる。

何が待っているのかは分からない。

でも、一つだけ確かなことがあった。

今日、このステージで。

碧唯の夢は、多くの人の心に届いた。

そして、その先には——

二人の人生を大きく変える、新しい未来が待っていた。