君と最後のメロディを

病気が進行してから、二人の日常は少しずつ変わった。

でも、一つだけ変わらなかったものがある。

それは――音楽だった。



放課後。

いつもの音楽室。

「今日はここから。」

翠は五線譜を開き、ペンを持つ。

碧唯はピアノの前に座る。

指は前のようには動かない。

だから、ゆっくり。

一音ずつ。

「……ド。」

翠が書く。

「次は?」

碧唯は目を閉じる。

頭の中に流れるメロディを探す。

「ミ……。」

「うん。」

翠はすぐに音符を書き込む。

「その次は?」

「ソ。」

「そのあと、少し伸ばして……。」

「うん。」

まるで、二人で一つの曲を描いていくようだった。



最初はぎこちなかった。

でも、一週間もすると息はぴったり合うようになった。

「翠。」

「ん?」

「今の音違う。」

「えっ?」

「もう一回。」

「ごめん、ごめん。」

翠は笑いながら消しゴムで消す。

「やっぱり碧唯先生は厳しい。」

「当たり前。」

碧唯も笑う。

「私の曲だもん。」

「はいはい。」

「じゃあ先生。」

「次、お願いします。」

音楽室には、笑い声が響いた。



ある日。

「できた……。」

最後の音符を書き終える。

翠はペンを置いた。

「完成。」

碧唯は楽譜を見つめる。

『君と過ごす時間』

二人で作った一曲。

「……ありがとう。」

小さな声だった。

「何が?」

「私一人だったら。」

「絶対完成できなかった。」

翠は首を横に振る。

「違う。」

「俺は書いただけ。」

「この曲を作ったのは碧唯。」

「でも。」

翠は楽譜を優しくなでる。

「この曲には、俺たちが一緒に過ごした時間も入ってる。」

碧唯は涙をこらえながら笑った。

「うん。」

「この曲、大好き。」



その日から。

新しい曲が生まれるたびに。

翠はペンを持ち。

碧唯はメロディを口ずさむ。

「翠。」

「なに?」

「もう一曲作ろう。」

「もちろん。」

「何曲でも。」

「碧唯が作りたいって言う限り。」

「俺はずっと書き続ける。」

「手が動かなくても。」

「夢は止めない。」

その言葉に、碧唯は静かにうなずいた。

夕日が音楽室を優しく照らす。

ピアノ。

五線譜。

鉛筆の音。

そして、二人の笑い声。

病気は少しずつ碧唯からできることを奪っていく。

それでも。

誰にも奪えないものがあった。

夢を諦めない心。

そして――

「俺が碧唯の手になる。」

その約束だけは、今日も変わらず、二人を支え続けていた。