君と最後のメロディを

音楽室。

夕日が静かに差し込む中、碧唯は完成できなかった楽譜を見つめていた。

最後のページだけが、真っ白だった。

「……ごめんね。」

誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

夢に。

音楽に。

それとも、翠に。

涙が楽譜に落ちる。

その時だった。

「碧唯。」

翠がゆっくりと隣に座る。

「……ごめん。」

碧唯はまた謝ろうとした。

でも、翠は首を横に振る。

「もう、『ごめん』は禁止。」

「でも……。」

「碧唯。」

翠は未完成の楽譜を手に取った。

「あと少しなんだろ?」

「……うん。」

「最後だけ。」

「どうしても書けない。」

「頭の中では聞こえるの。」

「ちゃんとメロディもある。」

「でも……。」

碧唯は震える右手を見つめた。

「手が動いてくれない。」

その姿を見ていた翠は、静かにペンを手に取る。

「じゃあ。」

碧唯は顔を上げる。

「俺が書く。」

「……え?」

「碧唯は歌って。」

「浮かんだ音を教えて。」

「俺が楽譜にする。」

「翠……。」

「この前言っただろ。」

翠は優しく笑う。

「手が動かないなら、俺が碧唯の手になる。」

「メロディが浮かばないなら、一緒に考える。」

「一人で夢を追う必要なんてない。」

碧唯の目から、大粒の涙がこぼれた。

「でも……。」

「こんなの、翠の曲になっちゃう。」

翠はまっすぐ碧唯を見つめる。

「違う。」

「俺には音楽は作れない。」

「俺が書くのは、碧唯の心の中にある音だけ。」

「この曲を生み出したのは碧唯。」

「俺は、その音を紙に届けるだけ。」

碧唯は声を上げて泣いた。

「私……。」

「もう夢を諦めるしかないって思ってた。」

翠はそっと碧唯の涙をぬぐう。

「諦めるのは、全部やりきってからでいい。」

「それに。」

翠は少し照れくさそうに笑った。

「彼氏って、こういう時のためにいるんじゃないの?」

碧唯は泣き笑いになった。

「そんなこと言われたら……。」

「また好きになるよ。」

翠の頬が少し赤くなる。

「『また』じゃなくて。」

「何回でも好きになって。」

音楽室に、小さな笑い声が響いた。

碧唯は目を閉じる。

そして、ゆっくりとメロディを口ずさむ。

翠はその音を、一音も逃さないように楽譜へ書き留めていく。

二人で、一つの曲を完成させる。

それはもう、碧唯だけの夢ではなかった。

二人で守る、大切な夢になっていた。