君と最後のメロディを

文化祭まで、あと二週間。

碧唯は『君と過ごす時間』の仕上げに追われていた。

「ここをもう少し変えたいな……。」

音楽室には、ピアノの音が静かに響く。

「碧唯。」

翠が時計を見る。

「もう帰ろう。」

「あと少しだけ。」

「昨日もそう言って、帰ったの九時だった。」

「今日は大丈夫。」

「……。」

翠はため息をつく。

「大丈夫って言う人ほど、大丈夫じゃない。」

「もう。」

碧唯は苦笑した。

「心配しすぎ。」

「彼氏だから。」

翠は真顔で答える。

「心配する権利くらいある。」

碧唯は照れ笑いを浮かべた。

「じゃあ、あと十分だけ。」

「約束だからな。」

「うん。」

⸻

翠が飲み物を買いに行って数分後。

音楽室には碧唯一人。

最後のサビを書き終えようとした、その瞬間。

「……っ。」

胸の奥に鋭い痛みが走る。

息が詰まる。

「はぁ……っ。」

ペンが手から落ちた。

視界がぼやける。

立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。

「やだ……。」

「まだ……。」

「曲、完成してないのに……。」

苦しさはどんどん強くなる。

呼吸が浅くなり、身体が震えた。

その時。

ガラッ!

「碧唯!」

戻ってきた翠が、床にしゃがみ込む碧唯を見つけた。

紙コップが床に落ち、中身が散らばる。

「碧唯!」

翠はすぐに駆け寄り、身体を支える。

「しっかり!」

碧唯は苦しそうに胸を押さえ、呼吸を繰り返す。

「翠……。」

かすれた声だった。

「ごめ……。」

「しゃべるな。」

翠の声は震えていた。

「先生!」

翠は廊下へ向かって大声で叫ぶ。

「誰か!先生を呼んでください!」

静かな校舎に、その声が響いた。

駆け寄ってくる先生たち。

保健室へ運ばれる碧唯。

翠はその手を離さなかった。

「大丈夫。」

「俺がいる。」

そう言いながらも、翠の手は震えていた。

⸻

その日の夜。

病院。

診察室の外で、翠は一人座っていた。

閉まった診察室の扉を見つめたまま、祈ることしかできない。

しばらくして、医師が静かに出てくる。

「岬さん。」

「……はい。」

「松宮さんの症状ですが、以前より進行しています。」

「これ以上無理をすると、学校生活や作曲にも大きな影響が出る可能性があります。」

その言葉に、翠の表情が固まった。

初めて現実を突きつけられた。

碧唯の病気は、「いつか」ではなく、「今」向き合わなければならないものだった。

診察室の窓から見える夜空には、星が一つだけ静かに輝いていた。

その光は小さくても、決して消えようとはしていなかった。