君と最後のメロディを

おはよう。」

教室に入ってきた碧唯は、いつも通り笑っていた。

「碧唯!」

翠はすぐに駆け寄る。

「昨日、ごめん。」

「え?」

「帰ってから寝ちゃって、返信できなかった。」

嘘だった。

本当は病院の帰り道、公園のベンチで泣いていた。

でも、それは言えない。

「そっか。」

翠は笑った。

「ならよかった。」

そう言いながらも、どこか安心しきれていない表情だった。



昼休み。

「碧唯。」

「ん?」

「屋上行こ。」

「屋上?」

「たまには。」

二人は屋上へ向かった。

春の風が制服を揺らす。

「はい。」

翠が紙パックのいちごオレを差し出した。

「これ……。」

「昨日のお詫び。」

「お詫びって、翠悪くないのに。」

「俺が飲みたかっただけ。」

「ふふっ。」

碧唯は久しぶりに心から笑った。

その笑顔を見て、翠はほっと息をつく。

「やっと笑った。」

「え?」

「昨日から、無理して笑ってる顔だった。」

碧唯の笑顔が止まる。

「……そんなに分かる?」

「分かるよ。」

翠は優しく笑った。

「幼なじみ何年目だと思ってる。」

「十五年。」

「正解。」

二人は顔を見合わせて笑う。

でも、翠は続けた。

「碧唯。」

「俺はさ。」

「理由は聞かない。」

「話したくなるまで待つ。」

「でも、一つだけ約束して。」

「……なに?」

「一人で泣かないで。」

その言葉に、碧唯の目が揺れた。

昨日。

病院で一人泣いていた自分が頭に浮かぶ。

「……。」

「泣きたくなったら。」

翠は碧唯の頭を優しくなでた。

「俺の前で泣いて。」

「強がらなくていい。」

「俺は、笑ってる碧唯も好きだけど。」

「泣いてる碧唯も、ちゃんと受け止めるから。」

碧唯は唇をぎゅっと結ぶ。

涙がこぼれそうになる。

でも、こらえた。

「……ありがとう。」

それしか言えなかった。



放課後。

音楽室。

碧唯は『君と過ごす時間』の続きを書いていた。

でも、突然ペンが止まる。

胸が苦しい。

息が少し乱れる。

「……っ。」

気づかれないように深呼吸をした、その時。

「碧唯。」

振り返ると、翠が立っていた。

「今日の続き、聴かせて。」

碧唯はゆっくりうなずく。

「うん。」

ピアノに手を置く。

優しい音が流れ始める。

そのメロディを聴きながら、翠は心の中で願った。

(神様。)

(お願いだから。)

(この音が、ずっと鳴り続けますように。)

しかしその願いとは裏腹に、

碧唯の病気は、静かに進行していた。