君と最後のメロディを

翌日の放課後。

翠は、いつもより早く音楽室へ向かった。

昨日の碧唯の顔が、どうしても気になっていた。

ドアを開けると、そこにはピアノに向かう碧唯の姿があった。

夕日に照らされた横顔は綺麗で、でも少しだけ疲れて見える。

「碧唯。」

「あ、翠。」

碧唯は笑った。

その笑顔を見て、胸が痛む。

(また、無理して笑ってる。)

「今日はちゃんと休んだ?」

「うん。」

「ほんとに?」

「ほんと。」

翠は疑わしそうな目を向ける。

「じゃあ、顔色悪いのは?」

「夕日のせい。」

「便利だな、夕日。」

碧唯はくすっと笑った。

その笑い声に、少しだけ安心する。

⸻

「ねぇ、翠。」

碧唯が楽譜を抱えたまま振り返る。

「今日、新しいところできた。」

「『君と過ごす時間』?」

「うん。」

翠は隣の椅子に座った。

「聴かせて。」

碧唯は小さくうなずき、鍵盤に指を置く。

静かな音楽室に、優しいメロディが流れ始めた。

最初は穏やかで。

途中から少し切なくて。

でも最後は、前を向くような音だった。

翠は息をするのも忘れて聴いていた。

曲が終わる。

「……どう?」

碧唯が不安そうに聞く。

翠はすぐに答えられなかった。

胸がいっぱいで、言葉が出ない。

「……翠?」

「ずるい。」

「え?」

「こんなの、泣くに決まってる。」

碧唯は驚いた顔をしたあと、困ったように笑った。

「まだ完成してないのに。」

「完成したら、もっと泣く。」

翠は笑いながら目元をこする。

「この曲、碧唯そのものだ。」

「優しくて、強がりで……。」

「でもちゃんと前を向こうとしてる。」

碧唯は少し黙ってから、小さく言った。

「……翠に聴いてほしくて作ってる部分もある。」

その瞬間、翠の心臓が大きく跳ねた。

「それ、反則。」

「なんで?」

「嬉しすぎるから。」

碧唯は顔を赤くして鍵盤を見つめる。

翠はそんな碧唯を見て、そっと思った。

(この曲を、絶対完成させてほしい。)

(どんなことがあっても。)

⸻

帰り道。

翠は碧唯のギターケースを持ちながら歩いていた。

「重くない?」

「全然。」

「私、自分で持てるよ?」

「知ってる。」

「じゃあ返して。」

「嫌。」

即答。

碧唯は呆れたように笑う。

「なんでそんなに甘いの。」

翠は少し考えてから、照れくさそうに笑った。

「碧唯が大事だから。」

夕暮れの空の下。

碧唯は何も言えなくなってしまった。

その横顔を見ながら、翠は心の中で静かに願う。

(神様。)

(お願いだから、碧唯から音楽を奪わないで。)

(この笑顔を、まだ終わらせないで。)

風が吹き、二人の間を優しく通り抜けていった。