君と最後のメロディを

翌朝。

いつもの時間に碧唯の家の前へ行く。

「碧唯ー。」

インターホンを押すと、少し遅れてドアが開いた。

「おはよ。」

笑っている。

でも、顔色はやっぱり良くなかった。

「ちゃんと寝た?」

「寝たよ。」

「嘘。」

「……なんで分かるの。」

「目の下。」

翠が指差すと、碧唯は慌てて前髪を整えた。

「そんなにひどい?」

「うん。」

「ひどいって言うなぁ。」

碧唯がふくれる。

その様子が少しだけいつも通りで、翠は安心した。

でも、心の奥の不安は消えない。

⸻

学校へ向かう途中。

「ねぇ翠。」

「ん?」

「もし私が急にいなくなったら、どうする?」

翠は足を止めた。

「……何それ。」

「例えばの話。」

「嫌だ。」

即答だった。

碧唯は少し驚いた顔をする。

「例えばでも?」

「例えばでも。」

翠は真っすぐ前を向いたまま言う。

「碧唯がいないとか、考えたくない。」

「……。」

「だから、そんなこと言うな。」

碧唯は小さく笑った。

でも、その笑顔が少し寂しそうに見えて、翠の胸が痛んだ。

⸻

昼休み。

碧唯は屋上で曲の歌詞を書いていた。

翠はその隣に座る。

「何書いてるの?」

「秘密。」

「また?」

「完成したら教える。」

風が吹き、ノートのページがめくれた。

翠は慌てて押さえる。

その瞬間、一行だけ目に入った。

『君が笑ってくれるなら、それだけでいい』

「……。」

「見た?」

碧唯が焦る。

「少しだけ。」

「忘れて!」

「無理。」

翠は笑った。

「すごく碧唯っぽい。」

碧唯は恥ずかしそうにノートを抱きしめる。

「まだ途中なのに……。」

「途中でも好き。」

「翠って、ほんと甘い。」

「碧唯にだけ。」

さらっと言われて、碧唯は顔を赤くした。

⸻

放課後。

音楽室へ向かう途中、碧唯のスマホが震えた。

画面を見た瞬間、碧唯の表情が固まる。

「碧唯?」

「……ちょっと、電話してくる。」

そう言って、廊下の角へ行ってしまった。

翠はその背中を見つめる。

聞こえたのは、かすかな声だけ。

「……はい。」

「分かりました。」

「次の検査は……。」

翠の胸がざわつく。

検査?

病院?

嫌な予感が、少しずつ形になっていく。

電話を終えた碧唯は、いつもの笑顔を作って戻ってきた。

「ごめん、お待たせ。」

「今の、誰?」

一瞬。

碧唯の表情が揺れた。

「……お母さん。」

翠は何も言えなかった。

嘘だ。

そう分かってしまったから。

でも、追及できなかった。

碧唯が必死に隠しているものを、無理やり暴いてしまいそうで。

その代わり、翠は心の中で決める。

(碧唯。)

(お前が話してくれるまで、待つ。)

(でも、絶対に一人にはしない。)

夕焼けの廊下を、二人は並んで歩いた。

その距離は近いはずなのに。

碧唯が抱える秘密だけが、少し遠く感じられた。