君と最後のメロディを

「よし……。」

放課後の音楽室。

碧唯は完成に近づいた『君と過ごす時間』を弾いていた。

ピアノの音が、静かな教室に響く。

その音を、翠はいつもの席で優しく聴いていた。

「ここ、前より好き。」

「ほんと?」

「うん。このメロディ。」

「碧唯らしい。」

碧唯は照れくさそうに笑う。

「翠に褒められると、安心する。」

「じゃあ毎日褒める。」

「毎日は恥ずかしいよ。」

二人は顔を見合わせて笑った。

その時だった。

「……っ。」

突然、碧唯の手が止まる。

鍵盤の上で指が震えた。

「碧唯?」

翠が立ち上がる。

「大丈夫……。」

そう言って笑おうとした瞬間。

視界がぐらりと揺れた。

「っ……!」

身体に力が入らない。

息が苦しい。

耳鳴りがして、音が遠ざかる。

「碧唯!」

翠は慌てて駆け寄り、倒れそうになった碧唯を抱き止めた。

「しっかり!」

碧唯の呼吸は浅く、肩で息をしている。

「はぁ……はぁ……。」

「碧唯、俺を見る。」

翠は震える手をそっと握る。

「大丈夫。」

「ゆっくり息して。」

「俺がいるから。」

碧唯は苦しそうにうなずく。

数分後。

呼吸は少しずつ落ち着いてきた。

「……ごめん。」

かすれた声でつぶやく。

「謝るな。」

翠は少し怒ったように言う。

「俺、すごく怖かった。」

「……。」

「苦しいなら苦しいって言って。」

「笑わなくていい。」

「一人で我慢しないで。」

碧唯は唇をかんだ。

「……心配かけたくなかった。」

「俺は。」

翠は碧唯を見つめる。

「心配できないほうがつらい。」

その言葉に、碧唯の目から涙がこぼれた。

「ごめん……。」

「だから謝るな。」

翠は涙を拭ってあげる。

「約束して。」

「苦しかったら、すぐ俺を呼ぶ。」

「……うん。」

「約束。」

翠は安心したように微笑んだ。

「よし。」

「今日は帰ろう。」

「でも曲が……。」

「曲は逃げない。」

翠は優しく笑う。

「俺も逃げない。」

「だから今日は休むこと。」

碧唯は小さく笑ってうなずいた。

「……ありがとう。」

翠は碧唯の楽譜を大切そうにカバンへしまう。

「この曲は、二人で完成させよう。」

夕焼けに染まる音楽室。

ピアノの鍵盤には、さっきまで弾いていた温かいメロディが、まだ残っているようだった。

けれど翠の心には、小さな不安が芽生えていた。

(碧唯……。)

(本当に、大丈夫なんだよな……。)

その不安が現実になる日は、もうすぐそこまで来ていた。