君と最後のメロディを

病院から帰った日。

碧唯は自分の部屋で、ずっと楽譜を見つめていた。

机の上には、途中まで書いた新しい曲。

でも、ペンが止まる。

「……。」

今までなら、浮かんできたメロディをすぐに書けた。

でも今は。

「この先、私はどれくらい曲を作れるんだろう。」

そんな不安が頭から離れなかった。

その時。

――コンコン。

「碧唯?」

ドアの向こうから翠の声。

「入っていい?」

「……うん。」

ドアが開く。

翠はコンビニの袋を持っていた。

「はい。」

「何これ?」

「碧唯が好きなプリン。」

「子どもじゃないんだけど。」

「知ってる。」

翠は笑う。

「でも、碧唯が嬉しそうに食べるから。」

「……。」

碧唯は少しだけ笑った。

翠はそれを見て安心する。

「曲、作ってた?」

「……うん。」

「見せて。」

「まだ途中。」

「途中でもいい。」

碧唯は少し迷ってから、楽譜を渡した。

翠は真剣な顔で見る。

「……綺麗。」

「まだ完成してないよ?」

「だから。」

翠は優しく笑う。

「完成する前から、碧唯の想いが入ってる。」

その言葉に、碧唯は目を伏せる。

「翠。」

「ん?」

「もし……。」

言葉が詰まる。

「もし、私が曲を作れなくなったら?」

翠は少しも迷わなかった。

「作れるよ。」

「でも……。」

「じゃあ、俺が待つ。」

「碧唯がまた作れるようになるまで。」

碧唯は驚いて翠を見る。

「簡単に言わないでよ。」

「簡単じゃない。」

翠は真剣な目をする。

「俺にとって、碧唯の夢は碧唯だけのものじゃないから。」

「俺も一緒に追いかけてる。」

碧唯の目に涙が浮かぶ。

「……翠はずるい。」

「また?」

「うん。」

「でも。」

碧唯は涙を拭いて笑う。

「ありがとう。」



次の日。

碧唯は音楽室にいた。

ピアノの前に座る。

そして、新しいページを開いた。

タイトルを書く。

『君と過ごす時間』

病気になったから終わりじゃない。

夢を諦める理由じゃない。

残された時間を数えるんじゃなくて。

今ある時間を、大切にする。

そう決めた。

その日から、碧唯は今まで以上に曲を作り始めた。

そして翠は、変わらず一番近くで聴き続けた。

二人はまだ知らない。

この曲が、いつか翠にとって一生忘れられない一曲になることを。