君と最後のメロディを

――カチ、カチ、カチ。

静かな部屋に、鉛筆がノートを走る音だけが響く。

『君が笑えば 世界は少しだけ優しくなる』

「……違うな。」

松宮碧唯は小さく消しゴムをかける。

「この言葉じゃ足りない。」

机の上には、歌詞がびっしり書かれたノートが何冊も積まれていた。

ベッドの横にはギター。

窓際には電子ピアノ。

音楽は、碧唯にとって息をするのと同じくらい大切なものだった。

「いつか、誰かの心に残る曲を作りたい。」

それが、小さい頃から変わらない夢。

そんなことを考えていると、スマホが震えた。

翠🐶

『おーい。起きてる?』

碧唯は笑いながら返信する。

『起きてるよ。』

すると、すぐに通知が来た。

『30秒後にインターホン鳴らす。』

「え?」

その瞬間。

――ピンポーン。

「早っ!」

慌てて玄関を開けると、制服姿の岬翠が立っていた。

「おはよ。」

満面の笑み。

「おはようじゃないよ!」

「迎えに来た。」

「毎日来なくていいのに。」

「嫌。」

即答だった。

碧唯は思わず笑ってしまう。

「じゃあ、行こ。」

「その前に。」

翠は碧唯の肩に掛けていたギターケースを軽々と持ち上げた。

「はい、俺が持つ。」

「自分で持てるよ?」

「知ってる。」

「じゃあ返して。」

「返さない。」

「なんで?」

翠は照れくさそうに笑う。

「碧唯には、曲を作る手を大事にしてほしいから。」

その一言に、碧唯は少しだけ照れた。

「大げさ。」

「全然。」

翠は本気だった。

碧唯が作る曲を、世界で一番好きなのは自分だと胸を張って言える。

だからこそ、その夢を誰よりも応援したかった。

「新しい曲、できた?」

歩きながら翠が聞く。

「まだ途中。」

「今日も聴かせて。」

「完成したらね。」

「約束?」

「約束。」

そう言って、小指を差し出す。

翠は嬉しそうに笑い、その小指に自分の小指を絡めた。

「絶対だからな。」

「うん。」

朝日に照らされながら歩く二人。

それは、いつもと変わらない通学路。

変わらない笑顔。

変わらない約束。

二人はまだ知らない。

この何気ない日常が、いつか何よりも大切な思い出になることを。

そして――。

碧唯が今書いているその曲が、二人の運命をつなぐ一曲になることを。