放課後になると、
私は自然と駅前のチコレート専門店へ足が向く。
学校帰りに寄るのが、
いつの間にか日課になっていた。
店の扉を開けると、
小さなベルが
「カラン」
と音を立てる。
店内には、
カカオの甘く香ばしい香りがふわりと広がっていた。
壁際には木目調の棚が並び、
色とりどりのチョコレートが宝石のように整然と並べられている。
ガラスケースの中には、
一粒ずつ丁寧に仕上げられたボンボンショコラ、
艶やかな赤いラズベリー、
深い緑色のピスタチオ、
オレンジ色に輝くブラッドオレンジ、
金粉が散らされたビターチョコレート、
季節限定の桜風味や柚子風味まである。
隣には生チョコ、
口どけを重視した濃厚なミルクチョコレート、
抹茶、
ほうじ茶、
ラムレーズン、
さらに奥にはマカロンやフィナンシェ、
マドレーヌ、
ガトーショコラ、
チョコレートタルトまで並んでいる。
どれも見ているだけで幸せになれる。
「いらっしゃい」
笑顔で迎えてくれるのは真君のお母さんだった。
全国でも有名なショコラティエで、
多くの雑誌にも紹介されている職人だ。
「今日も来てくれたのね」
「こんにちは」
「ちょうど新作ができたところなの」
そう言うと、
小さな白い皿を差し出してくれる。
「試食してみる?」
「ありがとうございます」
今日の新作は、
ベルガモットの香りを加えたホワイトチョコレートだった。
一口食べる。
外側は少し硬く、
中は驚くほどなめらかだった。
ベルガモットの爽やかな香りが広がり、
最後にホワイトチョコの優しい甘さが残る。
「おいしい……」
「本当?」
真君のお母さんは嬉しそうに笑う。
「今度商品化する予定なの」
「人気が出そうですね」
私はいつものように数種類のチョコレートを買った。
袋の中には季節限定の商品も入っている。
「また来てね」
「はい」
店を出ると、
すでに緑と青葉が待っていた。
「今日は何買ったの?」
青葉が袋を覗き込む。
「ベルガモットの新作」
「また試食させてもらったの?」
「うん」
「いいなぁ」
三人で近くの公園へ向かう。
大きな木の下にある木製のベンチが、
私たちの定位置だった。
包装を開ける。
三人で一粒ずつ分け合う。
「やっぱり真のお母さんのお菓子って別格だよね」
緑が感心したように言う。
「市販のとは全然違う」
「毎日でも食べられる」
私は小さく頷いた。
学校帰りに食べるチョコレートは、
疲れた頭を癒やしてくれる。
休日になると、
私は真君の家へ遊びに行くことが多い。
真君は和服が好きだった。
家の中でも着物や羽織を着ていることがある。
しかし困ったことに、
よく柱や机の角へ引っ掛けてしまう。
「また破れた……」
真君は困ったように袖を見せる。
私は裁縫箱を開く。
「貸して」
針に糸を通す。
布地を合わせ、
一針一針丁寧に縫っていく。
小学生の頃、
手芸クラブで覚えた技術が役に立っていた。
「これで大丈夫」
破れていた場所は、
ほとんど分からなくなっていた。
「ありがとう」
料理を作ることも多かった。
真君の両親は仕事で家を空けることが多く、
よく帰らない日も珍しくない。
「今日は何作ろうか」
冷蔵庫を開ける。
鶏肉、
じゃがいも、
玉ねぎ、
人参。
「肉じゃがにしよう」
煮物を作り、
味噌汁を作る。
卵焼きも焼く。
ご飯を炊き、
最後にほうれん草のおひたしを添える。
「いただきます」
真君はいつも
「おいしい」
と言って食べてくれる。
その言葉を聞くたびに嬉しかった。
私はお菓子作りも好きだった。
休日にはガトーショコラやクッキー、
マフィン、
シフォンケーキなどを焼いてプレゼントすることも多い。
「また作ってきたの?」
「新しいレシピを試したかったから」
「ありがとう」
その笑顔を見るだけで十分だった。
私は真君の近くにいたかった。
そのために華道部へ入った。
花を生ける、
枝の角度、
花の高さ、
空間の美しさ、
どれも難しい。
「もう少し枝を斜めに」
顧問の先生が教えてくれる。
「はい」
何度やっても、
真君のようには上手くいかない。
書道部も同じだった。
墨をする。
半紙を置く。
筆を持つ。
一画目を書いた瞬間、
先生が苦笑する。
「もう少し丁寧に」
「はい……」
字は昔から苦手だった。
止め、
はね、
払い。
全部ぎこちない。
「力が入りすぎています」
「難しいです」
周りの作品は美しかった。
私だけ少し子どもの字みたいだった。
それでも部活へ通い続ける。
真君がいるから。
図書委員にも入った。
しかし本はあまり好きではない。
本棚の整理も苦手だ。
「分類間違ってるよ」
委員長によく注意される。
「あ、ごめんなさい」
返却された本を並べ直す。
また間違える。
そんなことの繰り返しだった。
それでも図書委員を辞めようとは思わなかった。
真君が図書室へよく来るから。
ただ、それだけだった。
ある日の放課後、
公園でチョコレートを食べていると、
緑が突然笑った。
「あのね」
「なに?」
「真のこと好きでしょ?」
青葉も笑っている。
「絶対好きだよね」
私は少し考えてから答えた。
「うん、そうかも」
否定はしなかった。
「じゃあ告白しなよ」
「そうそう」
「告白しちゃいけない気がする。」
二人は顔を見合わせた。
「変なの」
「自分でもそう思う」
それでも、
その感覚だけは昔から変わらなかった。
すごく嫌な予感がする。
私は自然と駅前のチコレート専門店へ足が向く。
学校帰りに寄るのが、
いつの間にか日課になっていた。
店の扉を開けると、
小さなベルが
「カラン」
と音を立てる。
店内には、
カカオの甘く香ばしい香りがふわりと広がっていた。
壁際には木目調の棚が並び、
色とりどりのチョコレートが宝石のように整然と並べられている。
ガラスケースの中には、
一粒ずつ丁寧に仕上げられたボンボンショコラ、
艶やかな赤いラズベリー、
深い緑色のピスタチオ、
オレンジ色に輝くブラッドオレンジ、
金粉が散らされたビターチョコレート、
季節限定の桜風味や柚子風味まである。
隣には生チョコ、
口どけを重視した濃厚なミルクチョコレート、
抹茶、
ほうじ茶、
ラムレーズン、
さらに奥にはマカロンやフィナンシェ、
マドレーヌ、
ガトーショコラ、
チョコレートタルトまで並んでいる。
どれも見ているだけで幸せになれる。
「いらっしゃい」
笑顔で迎えてくれるのは真君のお母さんだった。
全国でも有名なショコラティエで、
多くの雑誌にも紹介されている職人だ。
「今日も来てくれたのね」
「こんにちは」
「ちょうど新作ができたところなの」
そう言うと、
小さな白い皿を差し出してくれる。
「試食してみる?」
「ありがとうございます」
今日の新作は、
ベルガモットの香りを加えたホワイトチョコレートだった。
一口食べる。
外側は少し硬く、
中は驚くほどなめらかだった。
ベルガモットの爽やかな香りが広がり、
最後にホワイトチョコの優しい甘さが残る。
「おいしい……」
「本当?」
真君のお母さんは嬉しそうに笑う。
「今度商品化する予定なの」
「人気が出そうですね」
私はいつものように数種類のチョコレートを買った。
袋の中には季節限定の商品も入っている。
「また来てね」
「はい」
店を出ると、
すでに緑と青葉が待っていた。
「今日は何買ったの?」
青葉が袋を覗き込む。
「ベルガモットの新作」
「また試食させてもらったの?」
「うん」
「いいなぁ」
三人で近くの公園へ向かう。
大きな木の下にある木製のベンチが、
私たちの定位置だった。
包装を開ける。
三人で一粒ずつ分け合う。
「やっぱり真のお母さんのお菓子って別格だよね」
緑が感心したように言う。
「市販のとは全然違う」
「毎日でも食べられる」
私は小さく頷いた。
学校帰りに食べるチョコレートは、
疲れた頭を癒やしてくれる。
休日になると、
私は真君の家へ遊びに行くことが多い。
真君は和服が好きだった。
家の中でも着物や羽織を着ていることがある。
しかし困ったことに、
よく柱や机の角へ引っ掛けてしまう。
「また破れた……」
真君は困ったように袖を見せる。
私は裁縫箱を開く。
「貸して」
針に糸を通す。
布地を合わせ、
一針一針丁寧に縫っていく。
小学生の頃、
手芸クラブで覚えた技術が役に立っていた。
「これで大丈夫」
破れていた場所は、
ほとんど分からなくなっていた。
「ありがとう」
料理を作ることも多かった。
真君の両親は仕事で家を空けることが多く、
よく帰らない日も珍しくない。
「今日は何作ろうか」
冷蔵庫を開ける。
鶏肉、
じゃがいも、
玉ねぎ、
人参。
「肉じゃがにしよう」
煮物を作り、
味噌汁を作る。
卵焼きも焼く。
ご飯を炊き、
最後にほうれん草のおひたしを添える。
「いただきます」
真君はいつも
「おいしい」
と言って食べてくれる。
その言葉を聞くたびに嬉しかった。
私はお菓子作りも好きだった。
休日にはガトーショコラやクッキー、
マフィン、
シフォンケーキなどを焼いてプレゼントすることも多い。
「また作ってきたの?」
「新しいレシピを試したかったから」
「ありがとう」
その笑顔を見るだけで十分だった。
私は真君の近くにいたかった。
そのために華道部へ入った。
花を生ける、
枝の角度、
花の高さ、
空間の美しさ、
どれも難しい。
「もう少し枝を斜めに」
顧問の先生が教えてくれる。
「はい」
何度やっても、
真君のようには上手くいかない。
書道部も同じだった。
墨をする。
半紙を置く。
筆を持つ。
一画目を書いた瞬間、
先生が苦笑する。
「もう少し丁寧に」
「はい……」
字は昔から苦手だった。
止め、
はね、
払い。
全部ぎこちない。
「力が入りすぎています」
「難しいです」
周りの作品は美しかった。
私だけ少し子どもの字みたいだった。
それでも部活へ通い続ける。
真君がいるから。
図書委員にも入った。
しかし本はあまり好きではない。
本棚の整理も苦手だ。
「分類間違ってるよ」
委員長によく注意される。
「あ、ごめんなさい」
返却された本を並べ直す。
また間違える。
そんなことの繰り返しだった。
それでも図書委員を辞めようとは思わなかった。
真君が図書室へよく来るから。
ただ、それだけだった。
ある日の放課後、
公園でチョコレートを食べていると、
緑が突然笑った。
「あのね」
「なに?」
「真のこと好きでしょ?」
青葉も笑っている。
「絶対好きだよね」
私は少し考えてから答えた。
「うん、そうかも」
否定はしなかった。
「じゃあ告白しなよ」
「そうそう」
「告白しちゃいけない気がする。」
二人は顔を見合わせた。
「変なの」
「自分でもそう思う」
それでも、
その感覚だけは昔から変わらなかった。
すごく嫌な予感がする。



