ひまわりが咲く場所で(続)


by瑠唯
シフトが終わった後、いつもならすぐに帰宅するか、医局のソファで泥のように眠るはずだった。

しかし俺は今、珍しく私服に着替え、病院から少し離れた駅前の大通りを歩いていた。

目的の店は、以前同僚の医師が「あそこは美味い」と話していた小さな洋食屋だ。隠れ家のような落ち着いた佇まいで、ここなら騒がしい学生たちに邪魔されることもないだろう。

(……何やってんだか、俺は)

店の前で立ち止まり、ガラス窓に映る自分の冴えない顔を見つめる。

『何か美味しいものでもご馳走させてください!』と言ったときの梨衣の、弾けるような笑顔が頭から離れない。
あいつにご馳走させる気なんて最初からない。だが、あいつが「お礼」という口実を作ってまで俺を誘おうとしたその真っ直ぐな気持ちが、俺の心の奥底に眠っていた何かを猛烈に揺さぶっていた。

莉緒が生きていた頃、俺たちはいつも学校の教室や、病院の無機質な病室で過ごしていた。外に出て、普通の高校生みたいにデートらしいことをした記憶なんて、あのひまわり畑くらいだ。それも、あいつの身体を常に気遣いながらの、張り詰めた時間だった。

だが、梨衣の身体は健康そのものだ。あの日、熱を出して倒れはしたものの、それはただの過労。心臓の病に怯える必要も、明日あいつがいなくなるかもしれないという恐怖に襲われることもない。

「相葉先生……?」

不意に、背後から声をかけられた。

振り返ると、私服姿の梨衣が驚いたように目を丸くして立っていた。学校の制服でもナース服でもない、淡い黄色のワンピース。その姿が、かつて写真で見たひまわりの花と重なって、心臓が大きく跳ねる。

「……七瀬。お前、なんでここにいる」

「あ、近くのドラッグストアにお買い物に来てて。先生こそ、そんなところでどうしたんですか? もしかして、さっき私が言ったお店の偵察……とか?」

梨衣は悪戯っぽくクスッと笑った。その表情があまりにも自然で、作った仮面なんかどこにもなくて、俺はとっさに顔を背けた。
「違う。たまたま通りかかっただけだ」

「ふふ、怪しいです。でも、せっかく会えたんだし……もし先生が良ければ、今からその『お礼』、させてもらえませんか?」

梨衣は一歩近づき、俺の顔を覗き込んできた。その真っ直ぐな瞳に見つめられると、もう逃げ道なんてどこにもなかった。

「……言っとくが、お前に払わせる気はないからな」

「えっ! 私がお礼するって言ったのに!」

「新人看護師に奢られるほど、俺の給料は安くない。……行くぞ」

俺はぶっきらぼうにそう言い残し、店のドアを押した。
梨衣が「もうっ、頑固なんだから!」と後ろから追いかけてくる足音が心地いい。
莉緒。お前が生まれ変わって持ってきてくれたこの眩しい光を、俺はもう二度と手放さない。今度はちゃんと、手を繋いで、同じ未来を歩いていく。